『愛花』

その5 マンションでの愛花

 更に、地下鉄を乗り継ぎ辿り着いた最寄り駅から歩くこと、十数分。
 大崎の住むマンションは建っていた。高層ではなく十階建てのセンスのいいマンションだった。
 最新型の集中ロックに、目を点にする愛花。
「さぁ、入って」
 大崎は愛花をエントランスへと誘った。

 愛花は物珍しそうに辺りを、きょろきょろ見て歩く。
「面白いか」
 大崎の言葉に、首を一度だけ縦に振った。
 エレベーターに乗ると流石に落ち着いたが、大崎の部屋がある十階に着くと再び辺りを見回し始めた。

 やっぱり面白い奴だな、と大崎は思う。
 妙に大人びていたかと思うと、こんな風に子供らしさ一杯の時もある。

 愛花。
 誰が名付けたんだろう。本当に、愛らしい花のような娘だった。

「そろそろ入ろうか」
 大崎の、その声に愛花は振り返った。
 長い髪が、コマーシャルに出てくる女優のように、ふわりと踊った。
「はい」
 素直に答える愛花に、二度惚れしたようだと大崎は苦笑いして誤魔化した。

 それから数日、二人は届いたばかりの大崎の荷物を片付けながら、暮らした。
 そこは確かに自分の部屋なのに、たった数ヶ月離れただけでも、部屋は他人のもののようだった。
 それなのに、そこに愛花が忙しく動き廻るだけで、大崎は部屋が自分のもとに戻ってくるように感じた。

 当たり前にいる人。
 そうしたいと思った。
 だからこそ、言葉にしようと思った。
 しかし、いざ話そうと思うと言葉が出ない。
 高校生、高校三年の女の子。
 なのに、その瞳に射抜かれ動けなくなる。言葉を呑み込んでしまう。

 漸く出てきた言葉は、
「いつ、帰るんだ」
 だった──。

「今日」
 あっさりと、愛花は答えた。

著作:紫草

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