『愛花』
更に、地下鉄を乗り継ぎ辿り着いた最寄り駅から歩くこと、十数分。
大崎の住むマンションは建っていた。高層ではなく十階建てのセンスのいいマンションだった。
最新型の集中ロックに、目を点にする愛花。
「さぁ、入って」
大崎は愛花をエントランスへと誘った。
愛花は物珍しそうに辺りを、きょろきょろ見て歩く。
「面白いか」
大崎の言葉に、首を一度だけ縦に振った。
エレベーターに乗ると流石に落ち着いたが、大崎の部屋がある十階に着くと再び辺りを見回し始めた。
やっぱり面白い奴だな、と大崎は思う。
妙に大人びていたかと思うと、こんな風に子供らしさ一杯の時もある。
愛花。
誰が名付けたんだろう。本当に、愛らしい花のような娘だった。
「そろそろ入ろうか」
大崎の、その声に愛花は振り返った。
長い髪が、コマーシャルに出てくる女優のように、ふわりと踊った。
「はい」
素直に答える愛花に、二度惚れしたようだと大崎は苦笑いして誤魔化した。
それから数日、二人は届いたばかりの大崎の荷物を片付けながら、暮らした。
そこは確かに自分の部屋なのに、たった数ヶ月離れただけでも、部屋は他人のもののようだった。
それなのに、そこに愛花が忙しく動き廻るだけで、大崎は部屋が自分のもとに戻ってくるように感じた。
当たり前にいる人。
そうしたいと思った。
だからこそ、言葉にしようと思った。
しかし、いざ話そうと思うと言葉が出ない。
高校生、高校三年の女の子。
なのに、その瞳に射抜かれ動けなくなる。言葉を呑み込んでしまう。
漸く出てきた言葉は、
「いつ、帰るんだ」
だった──。
「今日」
あっさりと、愛花は答えた。