『愛花』
一月六日。
愛花は帰っていった。
始業式には、あと三日残っていたのに…。
あの日、自分が聞かなければ、帰るという言葉を聞くことはなかったのだろうか。それとも最初から決めていて、偶然、その日に自分が聞いてしまったのだろうか。
複雑な胸の内、大崎は愛花を帰したことを後悔していた。
いつまでも一緒にいることはできない。それは分かっている。
でも、せめて始業式の前日まで、一緒にいることはできたろう。
どうして、あんなこと云ってしまったんだろう。
学校が始まれば、逢うことはできなくなる。
自分も仕事が再開されれば、数ヶ月は研究室に缶詰だ。マンションですら、帰ることは稀になるだろう。
そうなったら携帯を待たない愛花とは、連絡のしようがなくなるのだ。
携帯なんて、自分が買って持たせてやればよかった。
父親が、自分の所にいることを了承したのだ。連絡手段としての携帯を、持たせることを責められるとは思えない。
どうして引き止めなかったんだろう。
電車賃を貸してくれ、と云われた時も、あと数日いて欲しいと、どうして云わなかったんだろう。
否、お金を理由に脅すような気がして、云えなかったんだっけ。そのことに思い当たると、小さく溜息をついた。
大崎は、もう何日も同じことを繰り返していた。
この溜息の数分後には再び、あの時、いつ帰るんだ、と聞いた自分を責めるのだ。そして堂々巡りのような焦燥感に襲われる。
(愛花は今、何をしているのだろう)
と彼女のいなくなったマンションに一人、寂しい思いを吐き出している。