『愛花』

その8 大崎充の告白

 春。
 大崎は、漸く研究室から解放された。
 約束の期間を打ち切ってまで呼び戻された研究は、何とか目途がつくようだった。

 そういえば本当は何をする人だと聞かれ、患者を診ない医師だと云うと、愛花はころころ笑ったっけ。
 もう卒業式のシーズンは終わっている。
 愛花は、どうしているだろう。
 結局、あれから一度も連絡をしていない。
 進学をしたければ、家に来いと誘ったくせに、何も聞いてやれなかった。

 でも愛花からの連絡もなかった──。
 一度だけ。
 帰ってから、すぐに届いた現金書留。その中に入っていた手紙には、冬休みの滞在と借財の礼が書いてあるだけだった。
 それだけ。
 ただ、その時は次もあるだろうと思っていた。手紙か電話か、どちらにしろ連絡を取り合うものだと思っていた。だからこそ、卒業までは静かに見守ろうと決めたのだ。
 まさか、逢えないどころか、声を聞くことも手紙の一通も届かないとは考えてもみなかったのである。

 逢えないと想いが膨らむ。
 それは自分だけなのか。
 初めてキスした時、驚いた瞳には自分が映っていた。
 初めて抱き締めた時も、瞳に自分が映し出されていた。
 好意があるからこそ、電車に乗り込んでまで追って来てくれたんじゃなかったのか。
 少なくとも大崎は、そう思って愛花を抱いた。愛花も抵抗しなかった。

 大崎は、以前にも増して愛花を強く想っていた。
 マンションに帰り着くと、まず携帯を握った。職権乱用で手に入れた、あの自宅の番号だ。
 しかし、コール音の前にテープが流れ始めた。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません。・・」

著作:紫草

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