「許しません! 離婚なんて、絶対に認めません――」
二年前の義母の声が蘇った。
子の高校進学を機に、私は離婚を申し出て、それを頭ごなしに反対された時の義母の声。
それまでも不安定な心理状態で暮らしていたというのに、この一言は私を奈落の底へと突き落とした。
子供という名で踏ん張っていたものが、義務教育を終えたことで、危うくなり始めていたのだ。意外にも、息子が、そのことに気付いた。
そして、別の土地へ行くことを提案してくれたのだ。
俊のいない生活には慣れたけれど、喪失感だけは、どうすることも出来ずに私に圧し掛かってきた。
一年、また一年と大きくなっていく息子に、
「何か隠し事があるだろう」
と詰め寄られたのは受験の年。頑として首を縦には振らなかったが、彼は携帯のメモリーの中から俊を見つけ出し、一人胸の内で納得をしたようだった。
それから受験が済むまでは、何一つ聞くことなく、高校の入学式が終わった後で改めて問いただされた。
何時の間にか、大崎さんとも連絡を取っていて、私が話すことは何もなかった。
ただ、俊をどう思っているのかと、それだけ教えてくれと云われたのだ。
正直に答えた。
精神安定剤がなければ、育ててこられなかった子。それを知っている我が子。今更、隠しても意味はないと思ったから。
その時から、俊は息子にとっても特別な人になったが、写真の一枚もない存在を、どう受け止めたのかは分からない。
ただ祖父母に、実の父よりも、私の為に俊を選ぶと云い出した。
その時の義母の剣幕に、私は圧倒されてしまった。
最后の糸がプツンと切れた…。
――次に気付いた時、三ヶ月以上もの時間が経った後だった。
その間、何があったのか。私は知らない。聞こうとも思わないし、誰も教えてくれないから。
離婚こそしていなかったが、私と息子はマンションを引き払い、郊外の一戸建てへと引っ越していた。義父が手配をしてくれたと、子から聞いた。
誰も知らない土地で暮らす。
穏やかに、ただ穏やかに、息子と暮らす。
夫は、今も機械に繋がれ生きているが、私は殆ど行くことがなくなった。
義父が、もういいと云ってくれたから。それでも、離婚だけは承知してやれないと云われ続け、いつか義母が許してくれたら、家から嫁に出してやると云われている。
そんなことはある筈ない、と知りながら、私は胸の奥底で、小さな希望の灯りをともす。
もう十年だ。
俊にも恋人がいるか、もしかしたら結婚しているかもしれなかった。
諦めではなく、俊に幸せになって欲しいと、漸く思えるようになっていた。
そう。やっと、そこまでになったのに・・。
嫌だ嫌だ。
さっきから時計ばかりを、気にしてる。
秒針が、もっと早く進んでしまえばいいのに――。
親の金を食い潰している、と云う輩の嫌がらせだったと早く気付いてしまいたい。
私の気持ちが分かるのか。
息子が、部屋を出て行った・・。