『あきら]-C』

「私の名前は、大崎あきらです」
 目の前で、泣き腫らした真っ赤な目の少女は、はっきりとした口調で、そう云った。

 あきら?!

「悪いけど、もう少し黙って聞いてやってくれるかな」
 私の表情を読んだ俊が、すかさず声をかけてくる。
「うん、分かった」
 私も、その心算だった。彼女の顔を見たら、口を挟むことは躊躇ってしまう。そのくらい真剣な瞳が、そこにはあった。

「パパの名前は、大崎俊です。あそこにいます」
 と後ろを向いて、俊を指す。
 俊は、軽く右手を上げて彼女に答えた。
「ママに会ったことはありませんでした。ママの名前は、神崎冬子さんです」

 !?

 今、何て云ったの…。
 どうして私の名前を知ってるの。
 違うわ。
 何故、私の名がママなの…?!
 私が呆然としている間に、奥の座敷になっているBOX席へと皆が移動する。
 思考が停止してしまったようだった。
 俊に手を引かれ、私も一緒に歩いてゆく。
「こっからは俺が話すよ」
 俊は、そう云うと、あきらと名乗った娘の頭を、愛おしそうに撫でていた。
 よく似てる。
 特に、俊に似た目元は、年齢以上の美しさを誇り、将来は、さぞ綺麗な女性になるだろうと思わせた。
「あの頃。どんなに誘っても、冬子は逢ってくれなくなったね。憶えてる?」
 俊の話は、十年前の二人の時間から始まった。
「最后に電話をした時、待っているだけじゃ、冬子は変わらないと思った。だから、俺は調べたよ」
 そう云って俊は、ごめんと謝った。
 水商売ってヤツは人の秘密には敏感だ。たいして苦労することなく私の夫の事故を知った、と俊は云う。
「それで、会いに行った」
 えっ?!
 会いにって、誰に?
「旦那さん。というか、旦那さんの主治医にね」
 でも、そこで誤算があったのは、病院が舅のものだったことだと俊は云う。
「旦那さんの状態も、冬子の立場も分かった。ばあさん・・姑さんに説教された時、全部聞かされた」
 私は、ひとつずつ認識していくことに精一杯で、不快や嫌悪とかの感情を忘れてしまったようだった。驚くことも、どうして、そんなことをしたのかも、何もかもを知るには、知らないことが多過ぎた。
「その後、半年くらい経って、偶然、冬子を見つけた。一目瞭然。どうして、もう逢えないのか、その時初めて分かったよ」
 あ〜 そうだったのか。
 俊は、私の、あの姿を知っていた。
 それが、何を意味するのか・・。
 私は、俊に捨てられたのね。
 それが、今、はっきりと分かった。

著作:紫草

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