『あきら]-D』最終話

「勝手に思い込むなよ」
 と子に声を掛けられる。思わず顔を上げた。
 小さく、大丈夫と答えたが、感情は先走っていた。何故なら…

「あのクリスマスパーティの時、できた子だね」
 俊は、そう云って私を見た。
 もう云い逃れは、できない。俊は、私の姿を見ている。孕んだ、お腹を知っている。
 私は覚悟を決めて、肯定した。

「ええ。あの時抱かれた、たった一度の過ちだわ」
「過ち? あきらが、あの時の子だと云っても?!」

 !?

「出産後。すぐ、ばあさんに取り上げられて、養子に出されたって云うんだろ。半分は当たってる。俺が引き取ったんだから。あの時、ばあさんに云われたんだ。一人で我が子を育ててみろって。冬子は育てたって。十年育てることが出来たら、認めてやるって」
「お義母さんが…」
「そう。結婚こそしてないけど、ちゃんと戸籍でも俺たちが親になってる。じいさんが手続きしてくれた。必死だったよ。冬子が気になっても行ってる暇もなかったし、逢わない約束だった。旦那さんは子供がいることも知らずに眠っている。大変でも、その大変さを知る俺が、どんなに幸せか。考えるまでもなかった。その代わり二人は助けてくれたよ。運動会や発表会は必ず来てくれた。冬子の代わりだって云ってさ」
 私の手は、あきらという名の少女に伸ばされ・・、抱き締めた。
 力いっぱい抱き締めた。
 あの時、手離した子が、この手の中に戻ってきた・・。
 涙は、頬を伝って落ちた。

「俊、有難う」
「旦那さんの名前も、あきらだってな。こいつは秋に生まれたろ。だから、ばあさんが、そう名付けてくれって。春に生まれたから、春樹。兄妹だからって」
 私は、うんうんと、ただ頷くだけだった。

「昨日、ばあさんから電話があった。今の住所と電話番号を教えてくれて、もう迎えに行ってやれって」
 ほら、と茶封筒を渡された。中には住民票が入っていた。私は、すでに離婚をした後で、婚姻届が同封されていた。
 小さなメモに義母の文字があった。
〜ありがとう。あきらの祖母にしてくれて〜
 とだけ書かれてあった。
「春樹とは、さっき話した。あいつは神崎姓のまま父親を看ていくって。ただ二人で、ここへ越してこないか?」

 春樹の顔を見た。
「春樹…」
「一緒に暮らそう。みんなで、さ」
 春樹が、そう云って妹の“あきら”を抱き上げた。

 激動の数時間だった――。
 もう心が壊れるような想いは、しなくていいのよね。

「今まで悲しい思い出ばっかだから、これからは良いことしか起こらないよ、きっと」
 春樹の言葉に、俊は微笑んでいる。
「あ!大崎さんは?! 知ってるの?」
「まさか。あの、おしゃべりに云ったら、すぐにバレるだろ」
「じゃあ、知らせてあげなきゃ。絶対に帰ってくるって、保険払って待ってるから」

 あきらは、義母をおばあちゃんと呼んでくれるそうだ。
 でも、本当のおばあちゃん、いるんだよ。
 ごめんね、辛い思いをさせて。

「ううん。パパが、ママには必ず逢えるからって。だから淋しくなかったよ。赤ちゃん時からの写真いっぱいあるよ。見に来て」
 あきらの小さな手に引かれ、俊の世界へと入ってゆく・・・。

「冬子」
「ん?!」
 あきらと手を繋いだまま、私は暖簾を持ち上げ振り返る。
「俺の、奥さんになってくれるよね」
 私は、黙って頷いた。
【了】

著作:紫草


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