『あきらX』

「かけても、よろしいですか?」
「嫌です」

 ホストクラブという処へ足を運んだことのない私は、その会場の薄暗さが、どの程度の暗さかを判断することは出来なかった。
 しかし、あちらこちらで聞こえる話を総括するに、お店に比べると随分明るいらしい。ただ健全な主婦をする私には、充分いかがわしく薄暗かった。

 そこには披露宴で使用する小さめの丸テーブルが二十数個入れられ、店舗ごとに、簡単に仕切りを立ててあった。奥にはVIPコーナーがあり、そこのソファは店から運び入れたようだった。
 私は、入り口から一番近い丸テーブルに座ることにした。俊は奥のVIP席を勧めてくれたが、会費を一円も払わない身には肩身が狭い。そして、その席に陣取り、唯一頼んだ烏龍茶をチビチビ飲んでいると、何故だか引きも切らず若いホストがやってくる。確かに、お客の少ない若手には一人で飲んでいるオバサンは“カモ”なのかもしれないが、その度に断わるのも、そろそろ面倒になってきていた。
 そんなことを思っていると、今度は明らかに会場が暗くなっていった。

(何?!)
「照明が落とされたんだよ」
「俊!」
「しっ」
 俊の大きな手が、私の口を覆う。
「静かに。チークダンスの時間だよ」
 囁くような声で、耳元に俊が云う。二人がけのソファの真ん中に座っていた私は、も少しそっち寄って、と云われて、漸く半分を明け渡す。
 暗さに目が慣れてくると、若くて、そこそこカッコいい男の子たちを相手に、かなりふくよかなオバサンたちが、自分の体をピッタリとつけ、踊っている・・のか?
 あれが…?!
 ホストたちは慣れているのか、Kissを要求するような仕草のオバサンたちを上手くリードしながら踊り、最后に軽くKissをする。何人かは、思いっきりディープなKissもする。見られていることは、この際、お互い様ということか。当然、綺麗なKissなどあるはずもなく、私は(うげ〜)とお腹の中で吐き気のする思いをしていた。

「鷹雄、踊ってよ」
 多くの女たちが俊の元にやってきて、こう誘う。鷹雄とは、俊の源氏名だ。
「俊、行ってもいいよ。私、一人で平気だから」
 そう云うが、俊は黙って首を横に振るだけだった。

 かなり嫌な予感がしていた。何事もなく、無事に帰れるといいなぁ。

 しかし、そういう予感は外れることがないことを、誰よりも私が知っている――。

著作:紫草

inserted by FC2 system