『あきらY』

「うわっ、やめろ!」

 俊の表情が一瞬にして変わり、この言葉が出た頃には、私は頭からビールをかぶった後だった――。

 何が起こったのか、全く分からなかった。
 ただ目の前では、数名のホストが一人の女性をグルリと取り囲み、一人のホストが彼女を抱きかかえ、あっという間に会場からいなくなった。
 呆然としているうちに、私も俊に手を取られ、受付裏の小部屋へと連れて行かれる。

「大丈夫?」
 と俊が心配そうな顔をする。
「平気。でも、鬘は駄目になっちゃったかも」
 と、私は右手でロングの髪を取る。すると、俊も鬘を手に取って、外すねと云いながらピンを取る。サラッとしていたロングヘアはビールに濡れて縮れてしまった。

 残念だな、綺麗だったのに。

 そんな表情を浮かべている私、俊は黙って出て行った。入れ替わりにマスターが入ってきた。
「冬子ちゃん、大変だったね」
 私は、ええ、まぁ、とか云って誤魔化した。
「鷹雄は?!」
 マスターが受付の男の子に向かって声をかける。小さな声で返事をする男の子との会話を終えると、マスターは改めて、こちらに戻ってくる。
「鷹雄は買い物に出たんだろう。その服じゃ帰れないからね」
 と云って私の白いシャツを指す。

 う〜ん、確かにビール臭く黄ばんでいた。
 だからといって、俊が服を買うことにはならない。
「何故、サイズも知らないのに」
「一度抱けば、サイズは見当がつくと思うよ」

「マスタ〜。誤解されるようなことを云わないで下さい。そこの子が驚いてるでしょ」
 私が受付からこちらを覗いている子を見ると、彼は慌てて顔を引っ込める。
 マスターは軽く笑うと、悪かったと頭を下げた。
「冬子ちゃん、僕は、もうマスターじゃないよ」
「分かっていますけど、今更、変えられませんよ」
「そうか。まぁ、いいでしょう。鷹雄には休憩としましょう。戻ったら暫く二人で出るといい」
 マスターは、そう云い残すと会場へと戻っていった。

 こんな姿で何処へ行けって、云うのよ。会場では、そろそろ昼食のパーティが始まろうとしているところだった。

 いよいよビールの臭いが鼻につくようになり、私は衝立の陰で服を脱ぎ捨てた。

 びぃ〜、ブラまで濡れた。どうするよ、私・・。
 嫌な予感は、やっぱり当たった。

「来るんじゃなかったって顔してる」
 声のする方を見ると、俊が立っていた――。

 正直、泣きそうな気持ちになっていた。

「俊…」
 俊はハンガーに掛けてあった、タオル地のガウンを羽織らせてくれた。覗き込むような俊の顔が、優しく笑っているのが見える。

 やばい、泣けてきた。
 私は涙を見られるのが嫌で、俊の胸に顔を押し付けるように抱きついていた。
「いいの?! 見られるよ」
「いいの!」

 涙は、簡単には止まりそうになかった――

著作:紫草

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