『海豚にのりたい』

その壱「龍神の章」

4

深海
 気付くと加奈子の身体は、大きな風船のようなものに包まれていた。

 !!

 声にならぬ声。
(だって、だって、だって・・)
「ここ、海の中じゃない! あれ…私、息苦しくない。そっか、これって夢なんだぁ」
 加奈子は、これが夢だという自分の言葉に安心すると、何だか怖いという気持ちもなくなった。
 大きな風船のような球は加奈子を包んだまま、ゆっくりと海中を移動してゆく。それは何と気持ちのよいことか。生まれてから、ずっとベッドから離れられない生活を送ってきた加奈子にとって、まさに夢のような出来事だった。

 海面から感じていた太陽が次第に届かなくなり、深く深く沈んでゆく。見たことのない魚や、海草が波に揺れる。やがて海の底に近くなると、光が届かなくなった代わりに所々にある岩が微かな光を届けてくれる。加奈子が目を凝らすと、これまた見たことのない透明な海老が歩いていた。
 そのどれもが何と美しいことか、加奈子の心は躍った。
(龍神様って粋な事をしてくれる)
 加奈子は感謝した。全てのものに感謝した。歩けたと思ったのも、夢だったのだろう。海の中を見ているのも、勿論夢だ。
 それでもよかった。

「龍神様。どうも有難うございました。もう、いいよ」
 加奈子がそう言った途端、彼女を包んでいた大きな風船がパァ〜ンと弾けて消えた──。

著作:紫草



*素材のお持ち帰りは禁止です。
inserted by FC2 system