『海豚にのりたい』

その壱「龍神の章」

8

最期、そして…
 病室には、加奈子の両親と竜崎医師、佐伯看護師長、そして友だちがいた。
 静かな別れは唐突ではなく、みんなと言葉を交わし加奈子らしい最期だと言わしめた。残された者の哀しみはあれど、加奈子らしいエピソードはたくさん残していった。
 この先、何時みんなが集まろうと、話題に事欠くことはないであろう。

 竜崎は加奈子から、あの不思議な冒険談を聞かされた時、
(やっぱり龍神様の仕業だったか)
 と思った。
 医師にあるまじき発言と分かってはいるが、ここに赴任して早十年。こういった不可思議な現象は、何も今回の加奈子が初めてではなかった。
 だからこそ、この病院が此処に存在する意義がある。高台の、海を見下ろす丘の上。海から吹く風は患者さんのオアシスだ。
 そして此処から龍神様に送られて、天へと昇ってゆくのだろう。いつか、また生まれ変わることを信じながら。
 竜崎も死だけは、決して経験することはない。それは神の領域だ。
 それでも旅立つ顔を見ていれば、みな幸せに笑って逝く。原因不明の摩訶不思議な出来事は全て封印してしまい、書類に書かれない逸話があってもいいと、竜崎優作は思っている。

 愛すべき龍神様は、次はどんな夢を与えてくれるのだろうか・・。
 海原を前に、竜崎はその海の向こうにいるという龍神に対し頭を下げた。

著作:紫草



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