続篇『いつまでも我が儘に君を想う』

『邪まな我が儘が君を捉える』

vol.2

 結局、その後すぐにチャイムが鳴り、櫻木と古都は教室に戻った。
 でも櫻木の投げた小石の波紋は、確実に古都の心を波立たせていった。

「大変だね、手伝おうか」
 古都は会議室に残り、三日間のタイムテーブルを各クラスごとに出していた。
「大丈夫です。あと少しだけなので」
 櫻木が書き込みの終わったプリントを一枚一枚確認している。
「そっか。じゃ待ってる。少し寝るから終わったら起こして」
 そう言うと部屋の隅に毛布を引っ張り出し、寝転がってしまった。
(さっさと家に帰ればいいのに)
 そんな古都の呟きが、櫻木の耳に届いたかどうかは分からない。

「先輩、終わりましたよ。起きて下さい」
 約四十分後。古都は櫻木を起こそうとするも、かれこれ五分くらい格闘していた。
「置いていってやろうか。…もう先輩、起きて」

  !

 すると突然、櫻木の腕が古都を抱きかかえた。
「ちょっと何するんですか」
「いい匂いがする」
 は!?
 全く何言ってるのよ。
「冗談はやめて下さい」
 櫻木の体から少しでも離れようと、古都は両腕を床につき突っ張った。
 その時だった。
 櫻木の腕が離れ、ほっとしたのも束の間、櫻木の顔が近づいてくる。
(あれ、今…)
 彼は何も言わないまま立ち上がると、今度は古都の手を取って引っ張り上げた。
「帰ろうか。送るよ」
「ああ、はい」
 古都は机の上に置いたままのファイルをバッグに入れ、後を追う。
(まさか…ね。キスなんてしてないよね)
 あまりに一瞬の出来事に、古都は何が起こったのか認識できなかったのだ。

 駅に着くと、家は何処かと聞かれた。先輩の最寄り駅とは正反対だ。
「駅からは近いので、ここで。さよなら」
 そう言って、改札に向かう。
「古都」
 そう呼ばれて振り返る。
 一気に近づいてきた櫻木が、今度こそしっかりとキスをしたのを実感する。そして彼は、そのまま改札を抜け行ってしまう。
「また明日」
 そう手を振られても、古都は動けなかった。

 嘘…
 今度こそ絶対キスされた。
 少ないとはいえ、ほかにも人はいるのに。クラブ帰りの生徒だってちらほらいるのに。
 でも古都自身が一番驚いていたためか、誰の喚声も聞くことがなかったのだけが救いだった。
 どうして、こんなことするの…
 知らないうちに泣き始めた古都を、誰かが改札前から遠ざけてくれる。
「はい」
 その声と一緒に、目の前に出されたハンカチを見た。そのハンカチを持つ指が、懐かしい爪をしている。
 先輩…!?
 顔を上げると、そこには小城乃洸が立っていた。

 凄い偶然。
 そう言って笑おうと思った。
 小城乃には、笑っている自分を見て欲しかったから。
 文化祭の準備委員会で会っているとはいうものの、係りも違うので話はしない。近くにいるのに、ものすごく遠い人になってしまったと最近では思っていた。

 見てたんだよね、きっと。
 そう思うと、涙は止まりそうになかった。
 声を聞けば、まだこんなに胸が痛むのに。顔を見れば、まだこんなに好きなのに。
「帰ろう。送るよ」
 古都は、その言葉に頷くしかなかった。



著作:紫草

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