続篇『いつまでも我が儘に君を想う』

『邪まな我が儘が君を捉える』

vol.3

 小城乃は何も言わなかったし、古都も何も話さなかった。
 だって会話なんて不愉快なだけだもんね。
 小城乃と櫻木は仲がいい。
 学校の人気を二分する二人が並ぶと、小城乃の静と櫻木の動といった感じで一対のように言われている。
 準備委員会に多くの生徒が立候補したのは、少しでも近づきたいと思うからだ。
 だからこそ、古都は自分が選ばれるとは思っていなかった。
 それなのに…
『悪いけど、このクラスは宮崎君と古都ちゃんね』
 そう言った櫻木の言葉に、みんながうっとり頷いた。

 電車を降り、ホームを歩いて改札を出る。その間も、小城乃は古都の後ろを付いてきた。
 でも家まで送ってもらうわけにはいかない。
「ここで、いいです。ありがとう」
「家まで行くよ」
「でも…」
 古都が戸惑っていると、小城乃が微笑んでくれた。
「まりんなら大丈夫。今は文化祭前だから近所のおばさんが見てくれてる」
 行こっと手を取られた。
 繋いでくれた自分の右手を、信じられないものを見るように眺めていた。

「どうした?」
「初めて先輩の手に触ったなと思って」
「抱き締めたことあったのにな」
 え!?
 突然の言葉に、あの時の光景が蘇った。
「そう。生まれて初めて男の人に抱き締められたんだった。先輩、いい匂いがしてたな」
 古都の言葉に、変な奴と彼が笑ってた。
「何?」
「だって普通、パパとかに抱っこされてるもんだろ」
「だって私、私生児だもん」
 そこで小城乃の足が止まった。
「ごめん」
「気にしてないよ。ママが二人分頑張ってるのを知ってるから、今はもう何とも思ってない」
 そこで小城乃は、今?と聞く。
「小さな頃は誰だって、パパが欲しいもんだよ」
 古都は再び、歩き出す。
「もうここでいいです。先輩、ありがとう。ちゃんと笑って帰れてよかった」
 明るく言えたよね。
 ついでに思い切り、笑って見せた。

「古都…」
 うわっ、名前呼ばないで。胸がドキドキする。
 動揺がバレないうちに退散しよう。
 そう思って帰ろうとすると、可愛い声が聞こえてきた。
「あ〜! おねえちゃんだ〜」
 近所の人が預かってくれていると言っていた、まりん。
「帰るって電話したから」
 古都の気持ちを見透かしたように、小城乃がそう答えながら走ってきたまりんを抱き上げた。

 一緒に来た女性にお礼を言って、帰ってもらう。
「おねえちゃん、遊ぼ。まりん、今日保育園で丸もらったよ…」
 見せてあげるからと、手を引かれ古都はまりんに付いて行く。
 曲がり角。ここで右と左に別れる。
 古都は、まりんの手を引っ張った。
「ごめんね。まりんちゃんのお家、行けないの。今度、文化祭があるよ。お兄ちゃんと遊びにおいで」
「おい」
 ホント? と聞くまりんに小城乃がうろたえているが、これで文化祭にまりんが来れば堂々と一緒にいられる。彼女はその瞳にいっぱい涙を浮かべたが、以前のように泣いたりはせず文化祭に行くと約束した。
「じゃ先輩。さよなら」
 まりんの手を離し、古都は左へ角を曲がる。
 まりんの声でバイバイと言っているのが聞こえ、歩きながら手を振った。

 携帯が鳴ったのは、深夜十二時を過ぎた時だった。
 以前は未登録だった小城乃の番号、今はしっかりと名前が浮かんでいる。
――もしもし、洸だけど。
 そう言う小城乃の声は、少しだけ震えてる。
「どうしたんですか」
――もう、寝てた?
「まだです」
――今から行ってもいい?
 先輩は何を言っているんだろう…
「駄目です。まりんちゃんがいるじゃないですか」
――分かってる。でも、どうしても今夜、古都に逢いたい。
 逢いたいと言われたその瞬間、古都は鍵を握り締め部屋を飛び出していた。
「私が行きます。待っていて下さい」
――ありがとう。待ってる。
 そこで電話は切れた。
 でも古都は携帯を耳に当てたまま、走り続けた…。



著作:紫草

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