『いつまでも我が儘に君を想う』

vol.3

 翌朝。
 クラス中に、ううん、多分学校中に噂が広がっていた。
 二日続けての先輩絡み。
 古都は確実に女生徒の恨みをかったことになる。
 由起子も大きな口を開けて、次から次と質問攻めだった。
「仕方ないでしょ。親がつかまらなくて、先輩が同情してくれたのよ」
 でも、それは言い訳だった。先輩は確かに古都を認識し、その上で自ら送ると言ったのだ。
 噂なんて当てにならない。
 彼の家は古都の家と同じ駅だ。
 誰よ。真逆だって言ったのは。
 仲のいい由起子ですら、そろそろこの話はうっとおしいと思い始める古都だった。

 突然の歓声とどよめきが、お昼休みの教室に響き渡った。
 廊下を見れば、小城乃洸が立っている。
 嘘でしょ…
 古都はがっくりとうな垂れて、手招きする彼のもとへ歩いて行った。
「何ですか」
「頼みがある。放課後、つきあって」
 本当なら、絶対嫌だと断わりたい。
 しかし昨日の今日では無理だった。これで三日連続の噂の的決定だ。
「何処に行けば」
「迎えに来る」
 それだけ言うと彼は背を向けた。
 背筋の伸びた綺麗な姿勢が、彼の好感度を引き立てている。

 昨日、先輩は本当に家の前まで送ってくれた。
 お礼を言って鞄を受け取ると、改めて大丈夫かと聞いてくれたし。親は朝まで帰ってこないと言ったら、携帯の番号を教えてくれて、
『具合が悪くなったら連絡しろ』
 と。
 噂では、携帯の番号やアドレスは滅多に人に教えないと有名らしい。
(どうして私には教えてくれたんだろう…)
 声にできない呟きを、胸の内に閉じ込めた。

 放課後。
 当然、多くの女子生徒が教室に残ったままである。
 ところが見知らぬ生徒が飛び込んできて、校内人気で小城乃と張り合う三年の櫻木篤志が体育館に向かって歩いていると言うと、殆んどの生徒が飛び出して行った。
 何だかなぁ…
 ミーハーな女の子たちの気持ちが分からないでもないが、たった今まで小城乃を待っていたんじゃないのかと思うと少々面白くない。
 古都は背伸びをし両腕を上げた。そして寝不足がたたっての大欠伸をしていると…
「また随分な出迎えだな」
「あ。先輩」
「欠伸を途中で止めると眠気が増さないか」
 そんなことを言いながら、小城乃は教室の中に入ってきた。そして古都の座る椅子の隣に座りながら、
「急なことで悪いけれど、子守り頼めないかな」
 と言う。
 あまりに突拍子もないことだったので、古都は暫く呆けてしまった。
「子守り?」
「ああ。俺の妹。いつもは保育園で九時まで預かってくれるんだけれど、今夜は駄目なんだ。それを忘れてバイト入れちゃってさ、悪いけど君に頼みたい」
「妹さんって、いくつですか」
「二歳。大丈夫、人見知りなんかしないから」
「そうじゃなくて。私のとこ、親いないんです。それに私じゃ役不足だと思います」
 とっても不本意だったが、内容が内容だけに素直に言うしかない。
 九時までってことは、九時すぎまでは絶対に預かるということ。そうなら自宅に連れてくるしかない。その中には親の存在の暗黙の安心感も含まれる筈。
 幸い教室には誰もいない。今なら言える。
「あのですね、私の母は水商売してます。父親はいません。そんな親を持つ私に、子守りは不味いと思います。きっと先輩のお母さんが知ったら、嫌がる筈です」
 これを言ったら話は終わると思った。
 でも予想を裏切り、先輩は笑う。そして言った。
「俺も母親はいない。父親は病院のベッドの上だ。今は正直、どんな手でもありがたいんだ」
「先輩…」
 それは、きっとトップシークレットだね。だって噂と全然違う。
「それ、私に言っちゃってもいいの?」
「古都なら、いい。信じられるから」
 どきん、と心臓が高鳴った。
 古都と呼ばれ、信じられると言われて感動しちゃった。
「分かりました。私でよければ、お引き受けします。今夜も母はいないけれど、家で見てますね。保育園の場所と、あ!妹さんの名前教えて下さい」
 小城乃が、ありがとうの言葉と一緒に“まりん”という名を教えてくれた。



著作:紫草

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