vol.5
文化祭最終日。
古都は櫻木の手伝いを続けていた。
初日、突然の発病で入院をした副会長は、盲腸を悪化させ腹膜炎を起こしていたそうだ。みんなが文化祭に向けて懸命に頑張っている時に、古都は私情を優先させたことを心から後悔していた。
それからは櫻木の補佐に復帰した。
初日、まりんは興奮して、なかなか寝付かなかったそうだ。
「それはよかった。楽しんでくれるのが一番だね」
そう言った古都に小城乃も、本当に嬉しそうに笑っていた。
櫻木と古都、そして小城乃の微妙な関係は、危うい橋を渡っているように不安定なままだ。誰かが何か一言でも発したら、落っこちてしまいそうな感覚に囚われる。
でも、あれを告白ととって返事をして、もし独り言だったとか言われたらと思うと古都には何も言えなかった。
聞いていた筈の小城乃も何も言わない。いや、二人の間では何か話があったのかもしれない。何せ、この二人は意地悪大魔王だから、絶対古都には教えないだろう。
そう思うと何だか、やたら頭にくる。
ただ最終日のこの日は、生徒会室への人の出入りが激しくて三人だけで話をする時間なんて全くなかったけれどね、と後夜祭の花火を見上げながら古都は思うのだった。
「お疲れ様〜」
それぞれが役目を終え帰宅してゆく。
古都も帰ろうと出口に向かおうとしたら、櫻木に呼び止められた。
「もう遅いから誰かに送らせる」
時計は午後九時半をさしている。
「まだ大丈夫です。先輩は、まだ帰れないんですか」
小城乃がまりんのせいで早めに引き上げてしまっているため、櫻木の後片付けは副会長の分を含めると三人分ということになる。
「お金の清算だけは済んでいます。明後日以降でいいなら、先輩も帰った方がいいですよ。明日はゆっくり寝て下さい」
明日は休校だ。
本来は今日の後始末に費やすのだが、今回は多めに見てもらって休んだ方がいいと思った。
でもね、という言葉が櫻木の口から零れた。
結局、この人も上に立っちゃう人なんだね。因果な性分だこと。
「手伝います。早く片付けちゃいましょう」
古都は手にした鞄を部屋の隅を置くと、再び山積みの書類を手に取った。
「終わった。今、何時だ… うわ、十一時過ぎてる」
櫻木が誰かに連絡を入れるのを見ながら古都もぐったりと椅子に座り込み、目頭を押さえる。
自分は明日、絶対来ない。
「古都…」
いつになく優しい声音の櫻木の声。
「はい」
古都は目を閉じたまま、返事をする。
「ホントはこのまま自分のものにするって思ってた。ほら、俺ってイイ男じゃん。マジで口説けば絶対落ちると思ってた」
その言葉を聞いて、座り直し彼を見た。
確かにイイ男だ。
でも人の感情は、それだけでは動かない。
そんな簡単なことで人の感情が動くなら、とっくに櫻木を好きになってたと古都は思う。
でも、古都の胸の奥底には消えない想いがある。
どんなに望んでも手に入らない人への想い。消そうと思っても消えてくれない心の哀しみ。
そんな想いに沈んでゆきそうになった時、櫻木が言った。
「洸に言ったんだ。同じこと――」
古都は驚いて顔を上げた。