『祭囃子』

第二章「秋祭り」

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 その日はみんなの気持ちを表したような快晴の青空だった。
 山科氏は初めて会う夕子に対し、何度も頭を下げていた。その腕には抱えきれない程の花束と一緒に、
「先日光君から、光人君の写真が一枚もないと聞いたので」
 と大学入試に使った父の写真を数枚、持参していた。
 写真を手にした途端、夕子の瞳に涙が浮かぶ。そして人目も憚らず泣いた。
 いつもと違うのは、それまでそんな号泣する姿を知っているのは冬馬だけだったということだ。夕子が人目を憚らず泣き崩れる姿を、俺は初めて見た。夕子の涙はいつも静かだったから、こんな涙も可愛いじゃないかと冬馬に耳打ちをする。
「当たり前だろ。俺の恋人だぞ」
 と冬馬も小声で惚気ていた。
 写真の中の父を見ると確かによく似てる。冬馬もそう云うし、宮子も同じように頷く。
 でも、やっぱり違う。父親かぁ。
「はじめまして、父さん」
 俺は写真に向かって言葉を掛けた──。

 わだかまりや憎しみは抱えている時は本当に辛いものだが、解け始めてしまう時のあっけないことといったらどうだろう。
 あっという間の出来事のようだ、と夕子が笑う。
 時代も変わった。山科氏のような寡黙な人は少なくなった、と冬馬が云った。確かに俺もそう思う‥。
 夕子の好きなジョン・レノンも死んだしな。世の中は待ったなしで動いてゆくんだろう。

 秋の京は、あちらこちらで子供たちの笑い声と小さな祭りの囃子が鳴っている──。

著作:紫草

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