『祭囃子』

第二章「秋祭り」

4

───自宅
「本当にいいの?」
 玄関に立ったままの宮子の言葉を、俺ははっきりとは聞き取れなかった。
「何? ちょっと、ごめん。こいつ転がしてくるから。適当に座ってて」
 奥にある部屋に布団を敷いて冬馬を寝かすと慌ててリビングに戻ってきた。いなかったらどうしよう…という焦りも充分あった。
 しかし宮子はいた。
「悪い。何だって?」
「もう上がっちゃったから、いいよ」
 リビングの扉の前で、バッグを抱えこむように胸の前に持ち立っていた宮子は、俺にそう云った。
「何!? 遠慮したの。もう少しするとお袋が帰ってくるよ。襲わないから安心してて」
 宮子の懐かしい笑い声が部屋に響いた。壁の前に置いてあるソファを勧め、お茶でもいれようかと台所に立つ。
 何から話していいものか、下手なことを話して「帰る」と云われたら、もう二度と宮子には会えないだろう。お湯を沸かしながら(早く夕子帰ってこないかなぁ〜)とそればかりを祈っていた。
 俺って臆病者だよな。

 ガチャ
「ただいまぁ」
 程無くして、夕子の声が玄関から聞こえてきた。
(やった)
 そして正に天にも昇る気持ちで、叫んだ。
「おかえり〜」
「ただいま。お客様?」
 夕子は、すぐに宮子の姿を見つけた。
「玄関にハイヒールがあったから、誰のだろうと思った」
 宮子はすぐに立ち上がり、
「はじめまして。こんな時間に失礼しています」
 と頭を下げた。
「あっ、もしかして宮子ちゃん!?」
「はい」
「漸く会えたわね」
 夕子は、宮子にずっと会いたがっていた。
 でも、いつも互いの都合が合わず、そのうち宮子の消息が不明となってしまい会えずじまいだった。
「で、どっちが連絡取れたの?」
「偶然さ。今夜、冬馬と飲んでて会ったんだ。俺が無理に引っ張ってきた」
 あえて冷静に話そうと思った。でなければすぐにでも出て行ってしまいそうな気がして、夕子に話を聞いてもらった方がいいと思った。
 それと…泣きそうだ、俺。何を聞かされても受け止める自信はある。ただ、その前に何かを話そうとすると涙があふれてきてしまう。
 そんな俺の様子を見て夕子が気付いてくれた。
 宮子と俺はソファに座った。向かい合う場所に夕子が胡坐をかいて座りこみ、宮子の視線は夕子に注がれた。大きめの湯飲みからコーラを飲む夕子。小さく一つ息を吐くと、いつもの少し低めの声でゆっくりと話し始めた。
「何から話そうか。そうね、あれは九月だったかな。光が突然帰ってきて、何を聞いても答えなかった。私も無理に聞きだそうとはしなかったし、五日後、宮子さんがいなくなったとだけ云って戻っていったわ」

 宮子の視線が夕子から俺へと移ってくる。
(うわぁ〜ヤバい。どきどきする)
 でも何も云わないまま、再び夕子に顔を向けると夕子も安心したように頷いた。
「何があったのか、と私が聞くべきではないと思う。ただ光にだけは話して欲しい。出会いがあれば別れもある。それは仕方のない事。それこそが恋愛の王道。でもだからこそ、きちんと別れを告げないと二人とも中途半端になってしまう。もう大人なんだから、ね。宮子さん」
 云い終わると、夕子は宮子の言葉を待つように黙っている。
 静寂。
 宮子がうな垂れた顔をあげるのに、一体何十分かかったろう。
 それでも夕子は根気よく待った。
「なら、お二人に話します。単に私の我儘でしかないことなんですが」
「それでもいいじゃない。それを云ったら私の方が、きっと、ずっと、もっと我儘な恋をしたから」
 久し振りに見た夕子のウィンク。
「ありがとうございます。…母を‥亡くしたんです。今思えば、それだけと云ってもいいかもしれません──」
 俺たちは驚き声を掛けようと思った。
 が。
 宮子がそれを遮った。小さく首を横に振ると、今度こそ覚悟が決まったように宮子は語り始めた。

著作:紫草

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