『祭囃子』

第二章「秋祭り」

9

 後頭部をガツンと殴られたような気がした。腕の中の宮子は、静かに泣き続けている。
「宮、大丈夫か?」
 そう云う自分の声も震えているのが判る。宮子は何も答えない。
 冬馬が台所から戻ってきて、三つの湯のみを並べている。その様子を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった──。

「巡り合せとしか云えない。光人さんが引き合わせたのかもしれない。ただ光さえ事実を受け止めれば何も変わることはない。辛くなければ、今後親戚として付き合うことも出来る。ただ、恋人としては終わらせるのが最善だと俺は思う」
 全く言葉が出てこない。俺は、ただ宮子を抱き締めていた。
「夕子はショックを受けてるよ。光を産んだことを山科家に伝えなかったのは、当時山科の人間を恨んでいたからだ。結局光人さんが亡くなって一度だけお母さんという人が上京して、この家を夕子に譲ると帰ったって。お骨も持って帰ってくれなかったって。その内光がお腹にいることが判って、手離すつもりだったこの家が一番必要になってしまったって。それと、この家と病院にしか光人さんの思い出がないから処分出来なかったとも云っていた」
 冬馬の顔を見ていた。優しく話す彼の言葉を聞いているしかなかった。
「冬馬、頼もしいな。やっぱ親父だよ」
「違うよ。夕子が泣くから、あの夕子が泣くから、俺は泣けないだろう」
 そう云って冬馬は湯のみに手を伸ばす。
 すると、それまで泣くしかなかった宮子が急に顔をあげた。
「私やっぱり、光とは別れる。兄には会ったこともなくて何も知らないけれど、母が一番愛した人だってことは知ってる。おば様の気持ちを考えたら私はここにはいられない」
 何も云えなかった。ただ頭を抱き寄せた。大事な大事な宮子。胸が苦しい。
 俺たちが何をした。誰が悪いわけじゃない。
 俺は、この事実を胸の奥深くに沈めてしまうことにした。誰かが哀しむ事実など、俺たちには必要ない。

著作:紫草

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