『祭囃子』

第一章「冬祭り」

6

 その日から三日後、突然光人の意識が混濁し暴れ出すようになった。医師の話では幻覚と闘っているようだと云う。その後「危篤状態です」と告げられ集中治療室に移された光人に、私は会っていない。
 彼の実家にも電報を打ったが、誰一人として上京する者はいなかった。誰もいない病室に独りでいるのは堪えられない。私は集中治療室前の廊下にいることしか出来なかった。

 怖かった。いつかは逝ってしまうと分かっているから、尚のこと怖かった。
 初めて救急車で運ばれた時、家族と間違われ私は告知を受けた。
『白血病です。現在の医療では不治の病と云われ、血液の癌とも云われます』
 その日から、ずっと私は怖かった‥。
「・・子さん、夕子さん」
「えっ?!」
「大丈夫ですか?」
 遠くで聞こえていた声が次第に大きくなる。顔を上げると、すっかり顔馴染みになった看護婦長が私の顔を覗きこんでいた。
「ごめんなさい。大丈夫、平気よ」
 そういう私の顔を彼女は更に覗きこんでくる。
「そんなこと云って、顔色悪いですよ。ベッド用意しますから仮眠をとって下さい」
 決して「帰れ」とは云わない彼女が私は好きだった。これまでに何度同じ会話を繰り返しただろう。その度に私は彼女の言葉に甘え空いている病室のベッドで横になる。
 しかし、この時は確かに疲れていた。私は倒れこむようにしてベッドに入り、そして死んだ様に眠った。

著作:紫草

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