『祭囃子』番外編

『春』
ゆうがお雫:作

2

U

「ひどい。お前の俺に対する気持ちって、パフェの方が好きってもんだったのか」
 突然、顔をテーブルに埋めた後、大袈裟に肩を震わせ泣く真似をする。
 これが前述の彼である。
 数秒後、また突然に顔を上げると、今度は持っていた原稿をビラビラさせながら聞いてくる。
「ところで、これ、何?!」
 夕食の洗い物を終え席にすわると、掌を出し「返して」の意思表示する。
「教えてくれなきゃ返さない」
「春をテーマに何か書いてくれって編集部に頼まれたの」
「ふ〜ん。で、初恋の想い出を書くことにしたの?」
 原稿を手にしたまま冷蔵庫へと行き、中から500ミリのコークを取り出す。
「何、言ってるの。初恋のかんちゃんは幼稚園の時のお友だち。たかちゃんが初恋の筈ないでしょ」
 すると、少し頬をふくらませてたかゆきが反撃する。
「ふ〜ん。そういうこと言うんだ。まっ俺だって若菜が初恋じゃないし、気にしてないけど」
「そう言いつつ、動揺してるじゃん」
「うるさいよ」

 私の背後に廻り、その長ぁ〜い腕を伸ばし、私の前でライターの火を原稿に近づける。
「焼いてやる。お前の春も初恋も、全部燃やしちゃる」
「それじゃ、たかちゃんとの春の消えるよ」
「えっ?!」
 瞬時、ライターの火が消えた。
「出逢いも、Kissも、結婚式も、ぜ〜んぶ春だよ。いいの?」
 すると、ライターを置きそのまま私に覆い被さってくる。ちょっと重いぞ、こら。
「それは困る」
「でしょ。だから、その原稿返して」
「続き、ちゃんと書く?」
「当たり前でしょ」
「俺の辛く長い三年も書く?」
「それは書かない」
「どうして!」
「私の思い出のエッセイよ。どうしてたかゆきのことを書く必要があるの?」
「夫だろ。作家の私生活に興味あるよ、みんな」
「あのね。作家が自分を切り売りしてどうするのよ」
「でも今回だけ、ね。せめて最初の会話だけでも」
 全く仕方がないなぁ。
「分かった」
「愛してるよ、Myハニー!」

 お気楽なたかゆきは、そう言いながらお風呂にいくため部屋を出ていった。

 最初の会話ねぇ。
 確か、中学に入学してすぐ。また、お店にたかゆきがやって来て声をかけられたんだった。そう。
「ね。今何年生?」
 とかって聞いたんだ。私は「一年です」だったよね。
 これにどんな意味があるんだろう…。

 あっ、そっか。

 辛く長い三年は、この会話で始まったんだ。
 でも、いいじゃないか。今はこうして結婚して一緒に暮らしているんだから。
 本人は知らないだろうけれど、たかゆきは結構人気があった。お店に来る高校生のおねえさんたちが噂していたのを憶えている。
 私は声をかけることも出来ない子供で、その上中学生だった。子供に見られないように精一杯大人ぶっていたっけ。
 たかゆきが、お店に来てくれる日をただ指折り数えてた。何て、けなげなの。
(そんな切なぁ〜い乙女心が、テメーに分かるか!)
 と言いたい。

 私にとっても、たかゆきが声をかけてくれるまでの三年は永遠に匹敵するくらい長かったんだから。

著作:紫草

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