『祭囃子』番外編
3
V
「あ〜!若菜。てめぇ、誰が全部書けと言った。甘くて切ない部分だけをだな…。あああ、もういい」
帰宅したたかゆきが、奥の書斎で絶叫している。息切らしながら(きっと全速力で帰ってきたに違いない)、ただいまもそこそこに書斎に入ったかと思ったら、この声。
「ったく。しょうがないぁ」
そのわりに出てきた顔は、口元が緩んでいた。
「書けって言ったの、たかちゃんじゃない」
「何も書けと言ってる場面を書けなんて、言ってないだろ」
ソファにドンと腰をおろす。
「じゃ、書き直す」
「いいよ、このままで。ところでこの最後のとこ、ホント?!」
「嘘書いてどうするのよ」
「いやぁ、もてる男は辛いなぁ」
ん?!
(こいつ、私のことかと思ったら。絶対削ってやる、そこんとこ)
と思って怒っていると、
「俺も長かったよ。若菜が一年、二年、三年、卒業って。ずっと指折り数えてさ。今日こそ、声をかけて正当な交際を申し込むぞって出かけてさ。心新たに新入生に声をかけたらさ。教室の隅っこに若菜座ってるんだもん。まさか一年が、中学の一年だとは思わなかった」
「悪かったわね、老けてて」
「そうは言ってないだろ。最初から女として見てたってこと。でも俺だって教師の端くれ、三年くらい待ってやろうじゃないかって」
そう云うとちょっと胸を張っている。
「私もやばいって思った。まさか担任になっちゃうとは計算外だった。でも私が本当に高校生で他に彼氏とか作っちゃったら、どうするつもりだったの?」
「そこまで考えてなかった」
私たちは大笑いした。
「たかちゃんらしい。で、それから二日くらいして本人だよねって聞いてきて」
「そうそう。余りにお店と学校での様子が違うからさ、俺狼狽しちゃって。今思うと何か変だよな」
「忘れもしないよ。四月十二日。今度は放課後呼ばれてさ。『本人に間違いありません』って言ったら、いきなり抱き締められた」
「限界だったんだよ。今思うと、鍵もかけずに無謀だったよな」
「数学準備室だったよね。『もう駄目だ。Kissするぞ』って」
「何であんなこと言ったのか。自分でも分かりません」
「私ファーストキスだったんだよ。なのに、いきなりディープキス!」
「ホント、悪かったって思ってる。遅いか今頃」
そう。
私たちは世に言う禁断シリーズの高校教師と教え子パターン。
でも、さっさとやることやって高二の春には結婚。やっぱり私の両親の理解あってのことでしょう。
「若菜」
「ん?!」
「今の…この会話もやっぱり書くの?!」
「勿論。下手なこと書くより面白いかもしれないよ」
「俺、教師クビになったら養ってくれる?」
「どん!っと任せなさい」
こぶしで胸を叩く私に、たかゆきは大袈裟に頭を下げた。
私の春の思い出は、これだけでは終わらなかった。
結婚が学校で問題になり、そのことを雑誌に投稿したのだ。
運がいいことに、編集部の人の眼に止まり見事掲載。私は退学することなく、たかゆきも退職を免れた。
その後も、コンスタントに仕事が続き私はお店を手伝いながら仕事をする。
子供が産まれたのも春。
賞を貰ったのも春。
母が逝ったのも春。
そして大好きな桜の咲くのが、春。