『祭囃子』
2
それから三年。
俺は勤め先の白金高近くにある“六条亭”という喫茶店に通っている。
というのも例の坂道の少女(俺がそう名付けた)が、その店の娘だと知ったからだ。何年生かと聞くと「一年です」と云う。
よっしゃ!三年くらい待ってやろう、と何も云わずに待っていた。
そして三年が経った。
その年、初めて担任を持つことになった俺は、入学式は忙しく多分店には行けないだろうなと思っていた。
新担任は嬉しいが新入生というのが不安を煽る。それでも出来れば、今日、告白したい。少女趣味と云われてもいいから今日がよかった。
明日は始業式だ。そうすれば次にいつ六条亭へ足を運べるか、見当もつかない。ならば多少無理をしても今日がよかった。
告白。そう、あの少女─若菜─に付き合って欲しいと云う心算だった。
「宝雪、何にやけてるの?」
朝、お袋は色気も何もかもぶっ飛ばす勢いで声をかけてくれる。
「いや。なんでもない」
「あんまり、にたにたしてるとセクハラでクビになるわよ」
「お‥それでも、親かよ」
危うく「お前」とか云いそうになったぞ。勘弁しろよ。
「莫迦ね。親だから云うのよ。昨今流行の不祥事で警察のお世話になってからじゃ遅いでしょう」
いつも思うけど、お袋の言動ってだんだん祖母ちゃんに似てきたよな。
「全く、もっと息子を信用しろよ」
「はい。そりゃあ目一杯信用してますし。でなきゃ、あんな女子高生の巣窟に行かせたりなんかしてません」
‥思い切り力が抜けた。俺は残っていたカフェオレを飲み干すと席を立つ。
「じゃ行ってきます」
「いってらっしゃい」
新学期が始まる時のいつもの会話。
しかし、今回ばかりは俺の鼻の下は確かに伸びているだろうな。
玄関を出ると、桜の花びらが風に舞っている。今年は若干早かったか。
その日の駅への道のりは、とても浮かれて楽しかった。