『祭囃子』

第三章「春祭り」

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「…ゆき。たかゆき!」
 はっと気付くと若菜が食卓に座る俺を呼んでいた。
「どうしたの? ここのとこ、少し変よ」
「ん?! 何でもないよ。それより何?」
 若菜は胡散臭そうに俺を見るが、諦めたように肩をすくめる。
「もうすぐ春祭りだよ。今年はどう、行けそう?!」
 そうだった。六条亭恒例のお花見の季節だった。
 しかし、職業柄春は意外と忙しいのだ。去年は親父の事で行けなかったんだが、若菜は勝手に学校が忙しいんだと解釈していたようだった。
「若菜。愛してる」
「…莫迦じゃないの。返事になってないよ」
「そうだな、悪い。大丈夫、今年は参加するよ」
「了解。たかゆき、ありがと。やっぱり嬉しい」
 洗い物をする為に若菜が振り返る。ふわっと髪がなびくと、とてもいい香りがする。若菜はシャンプーの匂いだというが、そうじゃない。若菜自身の匂いだ。俺はその香りに包まれるたび出会った頃を思い出す。

 若菜。お前は最高の女だよ。俺の目に狂いはなかった。
 な〜んて云うと、お袋は絶対笑うよな。

著作:紫草

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