『祭囃子』

第三章「春祭り」

8

 目指す場所に向かいみんなで歩いていた。
「先生。桜、好きですか?」
 舞う花びらを集めながら、若菜がそう云った。
「日本人だからな、やっぱり好きだよ。子供の頃は家族で毎年宴会してたし。何より、俺自身が一番好きな樹だ」
 先を歩いていた若菜が振り返る。少し俺の顔を見て微笑んだ。
「あそこです」
 若菜の指差す方を見るとレジャーシートが敷いてある。午後は、ここの場所取りに来ていたの、と笑った。
 マスター、奥さん、月子、そして若菜。本当に幸せそうな家族だ。(薫は会社で花見だそうだ)そして、そこに存在している自分自身にも不思議と違和感はなかった。
 多くの団体が宴会を開いている。今夜は絶好の夜桜見物日和だ。

「先生。私も桜が一番好き。お店があるから毎年ここしか見られないけれど、みんな春が大好きなの」
 小さなおむすびを食べながら、頭上の桜を愛でる。
「若菜」
「ん?!」
「いや、何でもない」
「げ!気になる〜」
 そんな言葉を聞くとあと三年、楽勝に待てる気がした。
「そのうち、な」
 若菜がふくれっ面をして見せる。こっちの方が見てて飽きないぞ、とマスターがからかうと若菜の頬は更にふくらんだ。
 途中、月子が彼氏と待ち合わせて合流した。どういうわけか、こっちの彼は源氏とは何の関わりもない名前だった。

「マスター」
「何です?」
「すみません。先に帰ります。誘って戴いて有難うございました」
 俺はそう云って頭を下げた。
 若菜が「え〜」と不満そうに口を尖らせる。そんな顔を見られただけで何だか得した気分だよ、と思ったが口にはしないでおく。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ。明日学校でな」
 しぶしぶと頷く若菜の頭に軽く手を置く。
「先生」
「ん?!」
「メアド教えて」
「お前、携帯持ってるのか?!」
「さっき、お父さんがくれたの。駄目?」
 俺は、マスターがさっきからクスクス笑っていたのはこのことかと思い当たった。
 若菜はなかなか云い出せず困っていたんだろう。
「ケータイ、貸せ」
 俺は自分のナンバーとアドレスを打ち込んだ。前に使っていた物と同じ機種だったので困らず使える。そのまま自分の携帯にも発信した。
「絶対に秘密だぞ」
 携帯を渡す時、いちお釘を刺しておいた。若菜が誰かに話すなんてある筈ないだろうけれどな。
「はい!」
 若菜の弾んだ声が響く。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 若菜のこういう素直な返事するところ、好きだな。
 俺はマスターたちにも改めて礼を云うとその場を離れ来た道を引き返す。

 桜吹雪、花吹雪、春の風は何処か優しくて残酷だ。
 親父を殺してしまった日。何だか救われたな。さぁ、もう一仕事。お袋にちゃんと報告しなくちゃ。

著作:紫草

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