『指環綺譚』

プロローグ

 およそ人間の人生程、あらゆる意味に於いて危険に満ちているものはない。
 体裁が悪いとか、人目があるとか、そんな個人的な感情は、その時点での当事者のみが感じるものであり、長い目で見た場合、隠す事が全ての得策であるとは思われない。

 私は自らの人生の中で、最も強くそれを感じた独りであり、あの時味わった哀しみは一生消える事のない傷跡として、私の心の奥深くしっかりと刻みつけられ残った。
 それが招いた結末は、誰にも負けないくらいの悲劇であった。

 あの年の冬は、何時になく寒さが厳しく感じられたことを、今でもはっきりと憶えている──。


著作:紫草

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