『指環綺譚』

帰 還

 愛が逝って三ヶ月、おばあが入院することになった。
 元々弱っていた心臓が愛のことで悪化してしまったからだ。私はずっと付いている心算だったのだが、おばあの方が「綾辻の家に帰れ」と云った。医師も、本人の云う通りにした方が良いというので、図らずも私は家に帰ることになった。
 前年末、挨拶に来たことを除けば、一年十ヶ月振りの帰還であった。

 帰宅しても、何もする気にならなかった。父には珍しく「暫くは休んでいたらいい」と声を掛けてくれた。母とは帰宅以来話をしていなかったし、弟は、ねぎらいの言葉を掛けてくれた。
 こうなると家族の優しさが身に沁みた。この時だけは、その優しさに甘え私は家で何も考えず、何もすることなく、只ぼんやりと暮らしていた。

 私が帰宅して、一週間が過ぎた。
 母にも、一言礼を云った方がいいだろう、と思い応接間に向かった。何せ、黙って家に入れてくれたのだ。誰よりも叱られると思っていたので、私は逃げるように母の前を通りすぎ、自室へと閉じこもったのだから。
 すると、母が奥にある納戸に入るところを見た。私は深く考えもせず、遅れてそこの扉を開けた──。

 生涯忘れることはないであろう、母のあの驚いた顔と、そしてリング──を。


著作:紫草

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