小さな小さな恋の炎が、少しずつ少しずつ大きくなって、そして――。
『つきあってよ』
彼奴が初めてそう言った時、私はきっと真剣には聞いていなかっただろう。
だって、何だかとっても軽かったから。
だって、きっと冗談だと思ったから。
だって、彼奴にはつきあっている人がいたから。
「冗談言わないでよ」
冗談に冗談で返すような、そんな言葉を投げた。
その言葉を、彼奴の彼女も一緒に聞いていた。
本当に莫迦にするなって感じ。
なのに、人の心とはままならぬもの。
そう言われて、私の心に恋の炎が灯ってしまった。
届くメールの返信など、しなければよかった。
どうして彼奴はメールをするの?
いつか途絶えてしまうメールなど、悲しいだけなのに…
それなのに、私ときたらそのメールを待つようになってしまった。
毎日届く何気ない言葉遊びに、心が動く。
彼奴の彼女は、私の友だち。決して、想いを知られてはならない。
そんな心の葛藤が、日々私を苛んだ。
どす黒い気持ちの渦が私を取り込む。
そして……
灯ってしまった恋の炎を、静かに、それでも確かに消滅させる――。
『ね〜 つきあってよ』
「いつまで、その冗談続ける心算?」
そう言った私の顔を、彼奴はしげしげと眺めている。
まるで、珍しい動物でも見るような、そんな瞳を向けてくる。
「何よ」
『マジで冗談だと思ってる?』
当たり前でしょ。あんた、彼女いるじゃない。
でも、その思いは言葉にならない。
信じられないものでも見るように、彼奴がどんどん不機嫌になるのが分かる。
どうして。
私、間違ってないでしょ。
『じゃ初詣。一緒に行こう。それならいいだろ』
「みんなと一緒ならね」
私は、いつものように返事をする。彼奴は分かったとだけ答えた。
――大つごもり。
いつものメンバーで、近所の神社への初詣の列に加わる。彼奴の隣には、やっぱり彼女がいる。
ほらね。真に受けないでよかった。
除夜の鐘が人の煩悩の数だけ鳴り響くなか、私は誰とも話すことなく神社への道を行く。そして神殿の近くまでやってきた。
みんなとは逸れてしまったようだ。
このまま誰とも話したくないな、と思う。足かけ二年かけて失恋なんて悲しすぎる。
その時だった。
『おい!』
その声が聞こえたと思った時、私は腕を引っ張られてた。
「何するのよ、危ないでしょ」
彼奴の声だった。振り向きながら、そう言い放つ。
『二人でお参りする約束だろ』
「そんな約束してないよ」
みんなと此処まで来た。後は、一人で帰るだけ。
それなのに……
『何が問題?』
「全部」
自分が嫌。友だちの彼氏に想いを寄せる、自分自身が許せない。
あんたも嫌。彼女がいるのに、平気で女、口説くところが。
友だちも嫌い。どうしてこいつの非常識を責めないのよ。
神殿の真ん前にきて、彼奴はもう一度言うからと、改めて同じ台詞を口にする。
「ど、」
どうして、と言おうとしたその言葉は彼奴の唇に奪われた。
神様の前で何てことを!
否、それより、この混雑する参拝客の真ん中で何てことするのよ。
それなのに……
『返事』
「はい……」
人の心はままならぬもの。
友だちと彼奴を秤にかけて、酷いと知りつつ応えてた。
暫くして、友だちとはとっくに終わってると知らされた。すぐには信じられなかったけれど。
でも彼女から本当だと聞かされて、漸く信じることができた。
神様の前なら信じてもらえるかなと思った、と彼奴は言う。
あそこの神社、恋愛成就の神様でもあったのだろうか。
あの大つごもりの“みあかし”は、綺麗な色で灯ってた――。
【了】