『故郷』


 ふるさとは遠きに在りて思うもの――


 実質、故郷という場所に思いはない。
 いい思い出など何もないし、残っている人も好きじゃない。

 でも……
 私には、ふるさとがある。

 それは土地である故郷ではなく、心のふるさと。

 いつも心が折れそうになると、蘇る想い。
 支えられている、という想い。
 それは心のふるさと――。

 都会では隣人の顔すら覚えていない。家の前で会うからこそ挨拶ができても、別の場所で会ったら見覚えもない。
 だからといって、田舎の人の顔を覚えているわけじゃない。田舎に住む人たちはお節介なだけだ。

 小さな頃を知っているというだけで、『今』を知りたがり、襁褓を替えたことがあると言いながら、人の生活に土足で踏み込んでくる。
 人の気持ちを考えず、心を傷つけても気づかない人たち。
 そんな人たちを、私は好まない。

 だから私は故郷に帰ることはない。
 でも……

 私には、ふるさとがある。
 それは心のふるさと。
 どんなに辛く苦しい時も、その人のいるところが私のふるさと。
 いつも私を支えてくれる、その人がふるさと。

 もう何年、会っていないだろう。
 いつか再び会うことが叶ったら、私は何を告げるだろう。
 貴方がいなければ生きてはこられなかったと、真実を告げるだろうか。それとも、冗談混じりに『久しぶり』とでも言うのだろうか。
 一日も忘れたことなどないくせに、すっかり忘れていたように装って。

 強がって、さも何でもないことのようにまた別れる。
 次の約束などなく……

 私には、ふるさとがある。
 きっと死ぬまで誰にも明かさない、私だけの心のふるさとが――。

【了】

著作:紫草

NicottoTown サークル「今週のお題・別館」より【ふるさと】2012.01.02
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