『カレシレシピ』4 act1


「ねえ、友菜」
 と声をかけ、学食の向かいに座る友人に少々愚痴ってみることにする。彼女はお昼のミートスパをフォークにクルクルと巻きながら、何?って感じの視線をくれる。
「つきあう前と、その後って何が違うんだと思う?」

 彼女の顔がフォークを咥えたところで止まり、もぐもぐとしか聞こえないような言葉を言ってくれるが、たぶん何それって言ったんだなってのが分かっちゃう。
「前もさ。どこかで遇わないかなって思って、こうして学食とかキャンパスとかを見てたわけじゃん。今も同じって、どういう違いがあるのかなと思って」
 羽仁は一週間前に、無事に結城漣の彼女になった。でもこの一週間、全く会えてない。片想いした日は短かったけれど、これなら何も変わってないのと同じじゃないかな。
「羽仁は毎日会ってデートして、会えない日は電話とかメールしてっていうのを夢見てたんだ」
 友菜の言葉にそれは違うと答えた。いくらなんでもそれはうざい。でも何か一つくらいあってもいいかなって思うの。
「自分からかけたらいいじゃん。番号教えてくれたんでしょ」
「そうだけど、忙しいと悪いし」
「だったらメールすれば」
「だってLINEのIDまで教えてくれなかったんだもん」
「なら電話すれば。夜なら大丈夫でしょ」
 確かにね。言ってることは分かる。というか、これまでなら自分も同じことを言っていたような気がする。ただ弱虫小虫な羽仁にとって、自分のことになるとできないんだよ。

「君が花月羽仁さん?」
 同じトレーを持っているので、その人もここで食事をするのだということは分かる。見覚えのない人だった。友菜が知り合い? って聞いてきたから知らない人と小声で答えた。運動部の主将ってイメージのガタイのいい人。人なつこい感じがする。
「あ、悪い。俺ね、漣の友達で浅倉徹。少し話聞こえちゃったのと写真で見た顔が同じかなと思って声かけた」
 いい? と言われ座ったのは友菜の隣だった。漣の友達と言った彼は、何処から湧いてきたんだ。羽仁の顔に思い切り不信な表情を読み取ったのだろう。持ってきた定食を口に運びながら、何でも答えるよと言っている。
 こういう時、今までなら友菜が代わりに聞いてくれた。なのに今回は何も言ってくれない。自分で聞けってか。彼女を見ると少しだけ顎を動かされ促される。最近意地悪よね、というか今まで頼り過ぎてたのか。

「浅倉さんも、この大学なんですか」
 さすがに当たり前すぎたのか。吹き出すような質問はやめてと言われ、法学部だと教えられる。漣と一緒だ。だから友達。少しホッとすると次の質問は早かった。
「結城さんが、私の写真を持っているんですか」
 だって気になる。一緒に写真なんて撮った覚えはない。
「そそ。去年サークルでボーリング大会行ったでしょ。その時のブービー記念の写真だった」
 確かにボーリング大会に出た記憶はある。あれは誰かに助っ人として呼ばれたのだ。羽仁はサークルに参加しているわけではなく人数合わせだけだと聞いたのに、ボーリングまですることになって一緒に組んだ人には申し訳ないことをした。その時の写真が?
「その顔って、もしかして漣のいうように全然気づいてない?」
 はい。全く。だいたい今の質問の意味も分かっておりません、と正直に言えたら困らないよね。どうしたものか、一緒に行った友菜に今度こそ助け舟を出してもらおう。そう思った時だった。彼女が急に大きな声を上げた。
「何よ」
「あの時の人だ」
「そう。打ち上げに誘ったら見事に振られたらしいけれどね」
 ちょっと。二人して何勝手に盛り上がってんのよ。分かるように説明してよと思いつつ、どこかにヒントはないものかと聞き耳を立てていた。

「何を話してるのかな」
 羽仁の頭上から声がした。
「漣さん」
 友菜のその言葉で、羽仁は自分の後ろに漣がいることを知る。とりあえず姿を見たから来たけれど何か買ってくる、と一旦離れていく彼を久しぶりだなと思いながら見送った。
「ふ〜ん。そんな恋しい目で見るんだ」
 徹の言葉にハッとする。物欲しげな顔をしていましたか。すみません。
「いいんじゃない。つき合い始めなんて普通なら鬱陶しいくらい付きまとわれて、すぐに別れようって思うことも多いんだからさ」
 羽仁はどうやら付きまとわなかった女という区分になっているらしい。
「違いますよ。付きまとうも何も連絡がなかったので、どうすることもできなかったんです」
 ここは正直に話すべきだと判断した。そこに漣が戻ってきた。
「連絡ないって携帯どうしたの」
「持ってますが」
「俺、メールしたよ」

 へ?

 暫し固まる数十秒。友菜が漣に聞いてくれる。
「LINEのIDを聞いてないらしいんですが」
「俺、LINEやってないから普通に携帯会社のメールだけど」
 何と。羽仁は慌ててスマホを確認する。メッセージメールやメルマガが大量に入ってくるので最近じゃチェックを全くしていなかった。
 その中に『こんばんは』というタイトルを見つけ漣が、これがたぶん俺と指した。
 すみませんすみません。エッチな迷惑メールだと信じて開きもしませんでした。大馬鹿者です。LINEしかしないと思い込んでしまいました。
 一気にまくしたてた羽仁を見て男性陣二人は目を真ん丸にして驚いている。
「そんなに早口で話すこともできたんだ」
 漣が少しだけ笑ってる。よかった、怒ってなさそう。
「普段はおっとりですよ。でもスイッチ入ると誰も止められないくらい早口で、教授にメモを取るからもう少しゆっくり発表して欲しいって言わせた学生です」
 友菜の言葉に徹の方が納得している。その間も羽仁はメールを確認し続けていた。
 ある、毎日。ちゃんと来てる。返信もしてないのに、というか見てもいなかったのに。『クリスマスの予定』。そのタイトルを見て思わず涙が出そうになった。
「ごめんなさい。本当に私って早とちりでアドレス教えてもらっているのに普通にメールが来るって考えてもみなくて」
 正にしどろもどろ。
「そのうち会えると思ってたから気にしなくていいよ。それよりLINE登録してないって言えばよかったね」
 彼は持ってきた生姜焼き定食を頬張っている。
「どうして登録しないんですか。iPhoneですよね」
「ログアウトできないようなやつ、信用してないから」
 お味噌汁を飲み干したところで返ってきた答えに絶句してしまう羽仁だった。
 便利だからとかお値打ちだからとかって話じゃなく、危険を一番に考えるってことですか。すごい。やっぱり法学部の学生は違うと言うと、俺はやってるよと徹は言った。
「当たり前じゃん。便利なツールは使うものだよ。こいつが偏屈なだけ。だから羽仁さんが気にすることじゃないよ」
 確かにそのタイトルなら迷惑メールだし、と庇ってくれる。
「今度からタイトルには、漣って入れることにする」
 あっという間に平らげた食事に、今夜デートしようかという言葉を足され、羽仁は予定を聞かれた。
「講義あるんですが、さぼります」
 それは駄目。言われると思った言葉がそのまま返ってきた。
To be continued.

著作:紫草


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