大学に入って三度目のクリスマスは、少しだけ泪色。
そんな想いを抱えたまま、再び彼とは会えない日々が続いた。就職活動に時間を取られ、サークルにも顔を出さず学校も最低限の授業だけになっていく。
気づけば、またクリスマスのバイトを募集する時期になっていた。
どうしよう。
去年の居心地の悪さを思うと、今年はもうやりたくない。というか、あんな思いはもうしたくない。
就活でバイトできなかった分、手元不如意ではあるが致し方ない。家でおとなしくしていよう。結局、大学生活のクリスマス、ずっと一人で過ごすことになる。こんな学生が一人くらいいてもいいだろう。
そんなことを考えながら街を歩いていたら、バイト募集の張り紙を見つけてしまう。
世の中、本当に人手不足よね。
でも、年明けから学校の教授のお手伝いをすることになってるから何もできない。年末年始の短期バイトで一つくらいやってみてもいいかな、と思いながら歩く。
あの店、この店、どこもクリスマス飾りできらきらだ。恋人同士が顔を寄せ合い、商品を覗き込む宝石店。二人でスプーンを出し合うファストフード店。何か飲みたいと思ったけれど、スタバやドトールでは席が取れず、自販機で買って歩きながら飲んだ。
どうして恋人作らなかったんだろう。
ちょっと振り返ってみれば、廻りはあっという間にくっついていて、ことあるごとに彼が、彼がと約束が反故にされた。
彼は、伝家の宝刀かっていうの。
でもみんなの顔が本当に嬉しそうで、何も言えなかった。やっぱり恋人の存在は大事だものね。
「夏目和華!」
「はい!」
条件反射だ。
思わず返事をしてから振り返る。
「あ……」
「もう全然、気づいてくれないんだからな」
そこには彼、冬野和史が立っていた――。
「どうしたの?」
とりあえず何処に行くわけでもなく歩き出す。予定を聞くのが怖いというのもある。漸く会えたのに、すぐ、じゃまたって別れるのも寂しい。ただ何も聞けないんだけれどね。
あのパーティから、和華は逃げた。以前の方がもう少し気兼ねなく話していた気がする。でも自覚しちゃったから。本当にちゃんと好きって分かっちゃったから。
「学校に来てるってメールもらって、捜してたんです」
「私を?」
何か、用事…… な、わけないか。
一年前のパーティの時には何もなくて、その後は会ってない。
和華を捜す理由が見当たらない。
「先輩。俺のこと、避けてるでしょ」
!
「去年、クリスマスパーテイで会ってから、全然会えなくなった。連絡しようと思ったら携帯の番号が変わってて。夏だったかな。学食にいたと思ったら、すぐに出ていっちゃうし」
彼は一体、何の話をしているんだろう。
「俺、何かしました?」
そう言いながら顔を近づけてくる。
近い。
綺麗な今時の二枚目の男の子。
「何もしてないよ。私が忙しくなっただけ。彼女は元気にしてる?」
極力、動揺を見せないように、自然に自然に、頑張れ頑張れって自分自身にエールを送って、視線だけは泳いじゃうから少しだけ頤(おとがい)あたりで妥協して。
「彼女って誰ですか」
あ、やっぱりそういう反応。
「ごめんね。聞かれたくないね。仕事で知ったことは外部に漏らしちゃいけないんだった。忘れて」
やばい、泣きそう。
てか、泣く。
否、その前にバックレろ。
頭の中で言葉がぐるぐる回ってしまって、足も止まってしまう。
「俺、彼女いないです。先輩が誰のことを言ってるのか、漸く分かった」
深いため息と、腕がぬっと伸びてきて抱きしめられてる。
何が起こってる?
「去年。モデルやらないかって言われてあのパーティに行ったんです。単純にご馳走にありつけると思ったからで、モデルをするつもりはなかった」
それよりも、可愛いバニーちゃんに会えたから最高のクリスマスだった、と言う。
「終わるの待ってたのに、バイトの子の出口が違うって知らなくて」
トロいでしょ、と笑った。
顔を上げると、見慣れた笑顔がある。
「待ってた?」
「そう」
一瞬、喜びそうになって踏みとどまる。あの時、綺麗な女性をエスコートしていたのは事実だ。
「弁明させてもらっていいですか」
「待って」
深呼吸しよう。どんな爆弾が飛んでくるか、わかったもんじゃない。
そこで和史が大爆笑した。
「何よ」
「先輩。可愛すぎ。俺、もらいます」
再び長い腕に抱きとめられ、少し離れたところから冷やかしの声が聞こえてきた。
「もらうって、もらうって、どういうこと」
分かってるくせに、と小さく前置きするように呟くと、和華の耳もとで彼は囁いた。
「好きです。恋人になって下さい」
耳たぶへの一瞬のキスと、腕の温もりが記憶に刻まれた――。
「和史。あの時の女性は誰だったの」
こうなったら聞いてしまえ。何がきても今なら持ちこたえられそうな気がする。
「あれ、母親です。若作りもあるけれど本当に若いの。親父の後妻でまだ三十歳だから」
折角、かっこいい息子を持ったからと何かあれば連れ出すらしい。
そっか。お母様。
何を怯えていたんだか。
手を繋ぎながら街を歩く。
今年のクリスマスもバイトするの、と聞かれ、しないと答えた。
なら一緒にいようね、といつもの屈託ない笑顔を返される。
来年、和華は社会人になる。和史は学生。いつまで続く関係かは分からない。
でも今は……。
どうやら片想いが実ったらしいので、思い切り楽しみましょう。
「先輩。一つだけ教えておいてあげる」
歩きながらだから顔は見えない。何だろう、と横顔を見た。
「俺、学生だけれど、もう社会人だから。壁はないと思って下さい」
はい!?
「親の会社、手伝ってるんです。一級建築士の資格はまだ取れそうにないですけれどね」
とりあえず受けられるところから資格とって、将来は構造設計をやってみたいのだそうだ。
「だから卒業したら終わりとかって簡単に言わないで下さいよ」
和華は、今度こそ心の底から破顔し、勿論と答えた。
「あ」
「今度は何?」
「どうして携帯変えたんですか」
う〜ん それ言わなきゃ駄目かな。言いたくないんだけれど。
でも、大きくうんうんと頷く彼を見ながら、まっ、いっかと話しだす。
「親がね。何とかシェアってのに入るから、携帯会社同じところのものを買えって煩くて。番号そのままで乗り換えられるって知らなかったの」
笑いたければ笑うがいい、って付け加えて終わった。
和華の前代未聞の無知話でした。
「先輩。漸くスマホにしたんだ」
肩を小さく震わせる彼を横目で睨みながら、どうせ化石のようなガラケーを十年近くも使っていました。ほっとけ。
力の抜けた会話をして、意味もなく街を歩く。
頻繁に連絡もしなくて、きっと普通から見れば変な二人。
でも、そんな二人だからうまくいく。そう信じて歩いていく。
クリスマスの奇跡は、どの国のどんな人にも同じように起こる機会を待っている――。
【了】