その日は朝早くから大騒ぎの様相を呈していた。
舞踏会の開始は午後三時。
昼からだって、ゆっくり支度をしても充分間に合うだろうに、母は朝早くから花音を叩き起こした。
花音は、住み込むばあやと一緒に寝起きし朝の支度をする。
その花音を母が迎えに来た時、空はまだ暗かった。
「何の騒ぎ? 何時だと思ってるの」
隣の部屋での騒ぎは孝彌の睡眠すら破り、慌てるばあやに向かってドア越しに声をかけた。
すると隣の部屋のドアが開き、母が姿を現した。
「母さん! こんな時間に何してるんだよ」
「女の支度は時間がかかるの。孝彌さんは今日は此処を使ってはいけません」
そう云われると寝ぼけ眼のまま、パジャマのまま、部屋を放り出された。
女の支度って、花音の奴まだ朝御飯も食べてないんじゃないのか…
仕方なく母屋に行くと、兄二人もすでに起きていた。
「お前もか」
二人が二人共そう声をかけてきた。
「兄さん達、早いね。お早う」
「母さんは、いつの間に花音をあそこまで気に入っていたのかな」
次男孝哉がソファの場所を少し空けて孝彌を冷やかした。
「そうだな。舞踏会の話は分かるような気もするが、あのドレスにはいったい幾らかかったんだい」
すると長男孝之輔も孝彌を揶揄する。
少しずつ目覚めてゆく孝彌の脳裏に、花音の怯えた顔が浮かぶ。
戻ってやりたいと思っても、すでに後の祭り。
「孝之輔兄さん、今何時なの?」
「今か?! 五時半だよ」
五時…
いくら夏至に向かっているとはいえ、早過ぎる。
孝彌は派手にため息をつくと、三人ともがパジャマのままだと気付いた。
孝之輔は兎も角、孝哉までが着替えていないのは本当に珍しい。
「どうして二人共パジャマなの」
「起こされたんだよ。ばあやと花音は今朝は何もしないから、自分たちで食べなさいってさ」
孝哉は半分おどけて、しかし残りの半分は真剣に怒って云い放つ。
「お父様は?」
「もう出掛けられたよ。早いから子供たちは起こさなくていいと云っていたらしいけれど、僕らは起こされた後だった。それも朝御飯のためにね」
孝之輔の苦笑に孝哉が賛同する。
「孝彌はいいよ。俺も離れに越そうかな」
「えっ?」
「冗談だよ」
孝哉の言葉に顔色を変えた孝彌を見て、すかさず孝之輔が否定した。
長男らしく気配り上手は孝之輔の特技、助教授をする大学でも学生たちから人気が高く友達も多かった。
今夜の舞踏会も、きっと大勢招待しただろう。
孝哉は、どちらかといえば冷たい印象を持つ者が多い。一度、仲良くなってしまえば気さくに打ち解けるのだが、それまでは徹底的に冷たい。
だから舞踏会と聞いて、行かないと云ったのは孝彌より孝哉の方が早かった。
しかし今回は母からの至上命令である。
皇族主催の会以外では三兄弟が揃うことはないため、今回は特例扱いとなったのだった。
「僕、支度します。早くても食べるでしょ」
「頼む。孝彌以外は飢え死にしたって台所には立てない」
孝之輔は、両手を合わせて孝彌を拝む。
その姿に笑いながら、ともかくみんな着替えようかと孝哉が最初に席を立った。