『愛しい想い』

vol.20

「あの女が、俺の携帯のメモリーを勝手に変えてたんだ――」

 絞り出すような声とは、こんな感じだろうか。
 優一は私の目を、しっかりと見据えていた。視線を逸らすことの許されない、強い瞳。

「その人は、どうして、そんな事をしたの、と聞くべきなんだろうけれど、それは分かるから、聞けない」
 ちょっと意地悪そうに私は言った。だって、ちょっとくらい意地悪したいじゃない。
 優一は、そんなことをさせるような人じゃない。それが出来るってことは二人が、それなりの付き合いだってこと。少しくらい、やきもちやいたっていいよね。

 私のふくれっ面を、優一は笑う。
 いいもん。どうせ、そんなことだろうと思ってた。つまりは罪滅ぼし。
 私の状態が落ち着けば、その女の元へ帰る。

「分かった。もう充分だよ。優一の優しさは一杯貰った。だから、もう解放されていい。もう此処へは二度と来ないで」
 かっこよく背中を向けたいところだが、今の私には、そんなことすらできない。それに今、それを知っても、どうにもならない。もう何もかもが遅かった。

 優一の言ってた運命の悪戯は、簡単には許せそうもなかったけれど、優一は許さなきゃね。女が勝手にやったことの責任を取るのは、優一じゃない。
「待ってくれ。相変わらずの早とちりさん。俺は魅子にプロポーズしようと思って、この話をしてるんだから、もう少し聞いてくれなきゃ」
 さらりと言い切った優一は相変わらず静かに微笑んでいる。

 待って!
 今、何て、言ったの?

 言葉にならない言葉を言いたくて、口をパクパク開ける私に、やはり優一は笑ってくれる。
「聞いて。俺の実家は金貸しだ。自分自身が嫌な思いをした。でも変えられない。だから魅子には言えなかった。親父が入院して店を預かることになった時は、魅子を諦めようと思った。でも、やっぱりできない。魅子より素直で面白い奴とは、もう出逢えないと思うから」

 …言葉がない。

「買いかぶりだよ。私は我が儘で、人の気持ちの分からない大莫迦者で、今は障害者だよ。優一には相応しくない」

 飛び上がる程、嬉しかったプロポーズを受けるわけにはいかなかった。これは今まで、散々我が儘言ってきたことの罰なのだろうか。

「魅子にとって必要な時間は過ぎた。今の魅子は自分を知ってる。だから今のままの魅子が来てくれたら、それでいい」
 優一が、ねっ、と小さく首を傾ける。

 あ〜、何て綺麗な顔立ちだろう。
 きっと、この人の落ち度は、私のことをいいと思ってしまったことだろう。
 でも許される筈はない。ただ、今だけはYesと云いたかった。何も考えず、夢のような時間を過ごしたいと思った。
 どうせ、後で反対されるに決まってる。なら、この時間を大切にしてもいいよね。いつか諦めるまでは、優一の婚約者になれる。

「優一」
「ん!?」
「もっかい、言って」
「何を?」
「プロポーズ」
 優一は、クスッと小さく笑った。そして、
「魅子。俺と結婚して下さい」

 ストレートな言葉だった。在り来たりの使い古された言葉。
 でも、一番分かり易くて、効き目があった。

「はい!喜んで」

著作:紫草

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