『愛しい想い』

vol.22

「お世話になりました…」
 私は、見送りに出てきてくれた看護師さんたちに頭を下げた。
 二年間という、決して短くない時間を過ごしたリハビリセンターを感慨深く見上げた。
 すると、
「魅子さんは頑張り屋さんでした。絶対泣かないし弱音もはかない。そんな患者さんは、そうそういるものではありません。これからも自信を持って生きていって下さい」
 センター副所長の柴垣さんが、そんな言葉をくれた。
「有難うございました」
 改めて、父が用意してくれた電動車椅子の上から頭を下げる。
「じゃ、行こうか」
 と父が言い、母、優一、そして私も頷いた。

「人の家に来たみたい」

 自宅に着き、思わず、そんな言葉が出た。
 玄関の扉こそ同じものだったが、階段はなくスロープに。中に入ったらバリアフリー住宅に生まれ変わっているという。
「パパの無駄に貯金好き、ってのが役に立ってな、作り直したよ。建て替えることも考えたが、ママが嫌だというんでね。魅子の部屋は、すぐ左の部屋だよ。入れてあるのはベッドだけだから、これから好きに模様替えするといい」

 嬉しさが上手く言葉にならなかった。
 ただ、うんうんと頷くだけで精一杯だった。
 車も、車椅子ごと乗り込めるもので、本当に至れり尽くせりの状態。

「さぁ、こんな所に立ち尽くしてないで入りましょう。優一さんも、どうぞ」
 黒くて低い門を開けると、母が手招きをする。
「有難うございます。でも、今日は親子水入らずを楽しんで下さい」
 すると、そう言って断わりを入れる優一。きっと仕事もあるんだろうけれど、確かに父は喜ぶだろう。
「荷物運んだら、帰るよ。何かあったら連絡して」
「分かった。じゃ、とりあえず私が入ろう」

 リハビリの成果で私の両手は、殆どのことができるようになっていた。
 でも、力が圧倒的に無い。持続力もない。結局、電動タイプの車椅子を購入することにして(高かったよな、きっと…)目の前のスロープを見ると、その選択は間違ってなかったと思う。
 きっと、こんな坂上りきる前にヘタってしまう。
 人の力を借りるのでは意味がない。私との約束で、誰も車椅子を押してくれない。

 頑張るという言葉は、普段頑張っていない人の言葉だ。いつも頑張っている人間にとって、頑張ってという言葉は辛い。これ以上、何を頑張ればいいんだ、という思いがわき上がって挫けそうになる。
 だから私は頑張らない。いつものように、いつもしていることをする。
 助けてもらうところと自分で出来ることを、ちゃんと見極めて暮らしてゆく。

 リビングに入ると明るい台所もある。システムキッチンというヤツだ。以前から母が欲しがっていた。父が反対して、リフォームには父が死ぬのを待つしかない、とこぼしていたのを憶えている。
 こんな早くに実現してよかったね。これも親孝行かなぁ、なんてことを考えながらキッチンの側に回る。

 これは…!!

 何よりも一番驚いたのは、キッチンが机型になっていて車椅子でも困らないこと。
 私は本当に大事にしてもらってる娘なんだと、心の底から痛感した。

著作:紫草

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