『愛しい想い』

vol.29

「お前、泣きすぎで、顔汚いよ」
 優一は、そう言うとティッシュで私の顔を拭く。
「ヒドいなぁ。仕方ないじゃん、手動かないんだもん」
 私は、ちょっとだけショック、残りの殆どは嬉しくて、何でも許せる気分だった。
「魅子。もう退院しないの?」
「うん。父が亡くなって、自宅介護は無理なの。結局、私はどんなにリハビリしても、赤ちゃん並みの筋力しかつかなくて、母の方が倒れちゃう」
「親父さん、亡くなったの?」
 優一が、ひどく驚いた表情をする。
「俺、謝ってないよ、まだ」
「お互い様。私も優一のお父さんが亡くなったこと、今聞いたよ」

 私たちが離れた十数年、時は確実に流れたんだよ。
 そのことを、後悔しても始まらない。

「魅子。帰ろ。お父さんの作ってくれた、あの家へ。今度こそ、ちゃんと面倒みる。ううん、違う。誰にも魅子を触らせたくない。家に閉じ込めて、俺だけの魅子にする」
「お母さんは?」
「あの人は他人」
「でも!」

 しっ! っと優一が人差し指で唇を抑えた。

「誰かのために頑張るのは、もうやめだ。俺のためだけに生きてよ」

 確か、車椅子の花嫁って本があったわ。
 彼女は、本当に可愛い花嫁さんだった。
 四十を過ぎた花嫁は、きっと見られたもんじゃないわね。
「大丈夫。言わなきゃ、誰も魅子を40歳だなんて、思わないから」

 優一のKissは相変わらず優しくて、とけちゃいそうだった。

著作:紫草

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