『愛しい想い』

vol.04

「いらっしゃいませ〜」
 一歩足を踏み込むと、元気過ぎる男の子の声が、私を迎え入れてくれた。
 ありきたりなホスト倶楽部かと思いきや、意外と小さめの店内だった。

「どなたか、御指名ですか?」
 私が、あちらこちらと見回していたからだろう。
 最初に声をかけてくれた男の子が聞いてくる。
「店長に会いたいんだけど」
 その刹那、明らかに相手の動揺が見てとれた。

 私。何か、拙いことでも云った?!

 その言葉は胸にしまいこみ、改めて店長を呼んで欲しいと告げる。
 彼は、少々お待ち下さいと残し、奥へと消えていった。
 暫くして現れたのは、さっきの男の子ではなく、まして咲子でもなく、随分二枚目の所謂イケテル男だった。

 彼は、自らを“鷹春”と名乗り、私を手招きする。
 ここで、立ち止まっていては営業妨害になりかねないので、私は素直に従うことにした。
 このまま何処かへ売られたら、という不安もゼロではなかったが、それも仕方ないと頭の片隅に追いやった。
 約束を守らず、こんな処まで来たのは私。
 咲子が店長と聞いて、のこのこ入ってきてしまったが、確認をとったわけではなかった。魅子を頭から信用しただけだ。だって、あいつは学生時代、絶対嘘はつかないと評判だったから。
 こんなことなら片っ端から電話をかけて、何か情報仕入れておくんだった。

 私は鷹春の後ろを歩きながら、次第に店内ではない奥へと連れて行かれることを知る。

 絶対、ヤバイよ…。

 小さな店内の割には奥行きのある場所で、かなり歩いた処で鷹春は立ち止まる。
 軽く二度、ノックをすると、中からドア越しの声がした。
 ―入りなさい―
 その声は、男のものとも、女のものとも思えた。
 しかし、間違っても咲子の声ではないと思った。

 やっぱり騙された。
 二重にも三重にもショックだった。
 悦子も今は、この世界に生きる女ってことか。

 私は、扉を開ける鷹春の姿を見ながら、涙がこぼれるのを感じていた。
 私は、何をしたくて此処へ来たのだろう。

 脳裏に浮かぶ映像は、別れる前に行った近所の公園のベンチ。二人でいっぱい話した、あの昼下がりの彼の顔だけだった…。

著作:紫草

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