『愛しい想い』

vol.08

「これ、飲んだら帰ります」
 私はそう言って、手にあるグラスを少し持ち上げる。
「どして?!」
 優一は付き合っていた時と同じ、優しい声で聞いてくれるものの、今更何を聞いても何も変わらないことは分かった。
 もう、迷惑をかけたくない。
 最后は、いい女でありたい。
 頭の中を巡る言葉は何一つ、口から出ることはなく、私は俯いているだけだった。

「魅子、何でもいいから聞いてよ」
 優一の言葉は優しすぎて、これがホストの甘い言葉だと云い聞かせるのは大変だった。
 忘れてはならない。
 此処はホスト倶楽部で、優一は、ユウと呼ばれるホストの一人なのだ。

 私は、辛うじて笑ってみせた。
 やせ我慢?!
 少し違うかな。
 でも、ちゃんとしていたい。
 振られたことも分からなくて、元カレを追いかけてきたとは思われたくなかった。

「あ〜でも、まずは僕から謝らなくちゃね。ごめんね、魅子の前から突然、消えたりして」
 ちょっと今、10センチは近づいたぞ。
 ドキドキが高まって、心臓の音が聞こえそう。
「何から話そう。そっか、もう僕のこと、好きじゃないよね。ドラマのようにはいかないか。俺は、魅子と別れちゃったんだもんね」

 私は、答えを見つけられずにいた。
 これがホスト倶楽部でなかったら、きっと優一に抱きついていた。
 でも、ホストに溺れた女の子を知ってる。
 彼等の手練手管を聞いている。

 何かを始めるには、此処では、全てが砂上の楼閣だった。

「有難う。優一には本当に優しくしてもらった。でも終わったことだから。もう追わない」
 その時、涙が一筋流れた。

 暫くしてランが戻ってくると、優一は離れていった。
「どうだった?」
「どうって、何も」
 眉間に皺を寄せるランの表情は、明らかに私を責めている。
「何よ。大体、ランが私を置き去りにするからいけないんでしょう」
「何言ってるのよ。ユウがお店に出るなんて、めったにないのよ。魅子の為じゃん」
 余程、動揺しているのか。ランの言葉が女に戻っていた。
「ラン、言葉ヤバイよ」
 あっ、と小さく声を上げると、かっこつけたポーズだけして、小さく肩を震わせている。
「ごめんね。でもホストでしょ、今の優一は」
「あんたたち、何話したの?!」
 殆ど何も話してない、とは言えなくて、小さく首を傾げて見せた。
 ランが大きな溜息をついた。

 だって、ホスト・・。
 違うの!?

「もう一度、呼んであげるから、ホスト忘れて話してみなよ。分かった?」
 分かったと言われても、乗り気ではない。
 はっきり言って、会いたくない。
 否、違う。
 綺麗過ぎて、吸い込まれそうになってしまうから、話なんか聞けそうもない。
 ただ、ずっと見ていたい。

 もう何日も、そればかりを考えていた。
 もう嫌いになったというのなら、それでもいい。
 もう一度だけ、優一の顔を飽きる程、眺めていたい。

 視界に優一の姿が入る。
 早くも、涙が浮かんでた。

著作:紫草

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