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Penguin's Cafe
『想い出の中のお客様』

 ♪カラ〜ン
 いつもの鈴の音が、心地良く耳に届く。

 カウンターに陣取るのは、再びの実夏と正志である。
 あのヴァレンタインに、正志は改めて告白したことになったものの、余りの内容に実夏が拗ねてしまったのだ。
 だって仕方がない。
 正志としては本気で告白をしたつもりだったし、その時の実夏ははっきりと返事をしたのだ。たとえそれが幼稚園のお遊戯会の舞台の上だったとしても。

 マスターが聞いてきた。どんなお遊戯だったのかと。
 実夏は内容も憶えていなかった。

 年長さんの最后のお遊戯会。
 卒園の前の大舞台に、子供なりにみんな一生懸命だった。
 演目はディズニーの色々なお姫様のお話を、幼稚園の先生が上手く組み合わせて作ってあった。
 ベースは白雪姫。小人役の子供たちが失敗してしまって、先生が舞台の上で慰めていた。
 その中の子の親がやり直して欲しいということで、突如役が変更になって白雪姫役だった実夏は小人になってしまった。それに実夏は、小人役の子がやっぱり白雪姫をやりたいと言い出して泣いた時、本当にあっさりと役を譲ってしまったのだ。
「そんなことしたっけ!?」
 という実夏の言葉と、
「誰が王子様役だったの?」
 という言葉が見事にシンクロした。
「俺です」
 正志はマスターの問いにだけ答えると、実夏はへぇ〜と呟いただけだった。

 役を代わって、小人の姿のお姫様を相手に正志は最后の科白だけを言いなさい、と先生から告げられた。中断してしまった分、途中の芝居をすっ飛ばすという意味だと子供心に理解し、頷いた。
 でも、どうしても言いたくなかった。それは毎日毎日、実夏と一緒に練習をしたものだったから。
 今度は舞台上で立ち尽くしてしまった正志に、先生が早くという合図を送ってきた。
 それでも言えなかった。目の前に寝ているのは小人役の子で、実夏ではなかった。

 その時だった。
 袖から実夏が顔を出し、頑張れと言ったのだ。客席からは丸見えだったろうと思う。
 そんなことはお構いなしに実夏は小さな掌を握り締め、頑張れを言い続けた。
『まあちゃん、がんばって』

「あ!」
 その時、隣の実夏は突然大きな声を出す。
「何だよ」
 でも実夏は何も続けることなく、何でもないと言葉を濁した。
「そこで、どうすると告白することになったのかな」
 まるで助け舟のように、マスターの声が重なった。

 そこで正志は小人役の子ではなく、袖から出てきてしまっている実夏に顔を向けた。
 今でも、はっきりと憶えている。王子役の衣装を着たままで、やっぱりお姫様の衣装を着たままの実夏の姿に向かって。
『みかちゃん。ぼくはみかちゃんがすきです。およめさんになってください』

「ごめん、マスター。私、思い出したみたい。だからこれ以上は聞かないで」
 マスターは引き際を知っている。
 さりげなくカウンターを離れ、他のテーブルを見に行った。

「正志。すっかりきっぱり忘れててごめんなさい。でも言ったね、私。お嫁さんになりますって」
 誰に向かって言っている。カフェオレに向かって謝ってるようにしか見えないぞ、という突っ込みは当然入れられる筈もなく、正志はただ肯定しただけだった。

「そっかぁ。あの時、告白されてたんだ。どうして忘れちゃったんだろう」
 そう話す、実夏の言葉は少しだけ涙声。
 それこそ、どうしたんだろう。いつも強気の実夏なのに、こんなことで泣くなんて。
 たぶん、舞台を台無しにしたら正志が叱られると思ったのだろう。実夏ならきっとそう思う。
 そのことで頭が一杯で、袖にいなくちゃならないのに、先生の下がりなさいという言葉も聞こえないくらい一生懸命応援してくれた。
 そこで漸く、正志も何となく理解する。
 見た目はすっごく強気だけれど、内面は内気で可愛い女の子なのかなと。
「実夏。ちゃんと言ったつもりでも、お遊戯会じゃ忘れられても仕方がなかったかも。だいたい、幼稚園児が真剣に交際宣言してるとは見てた親も気付いてない」
 そうだ。
 あの後も近所付き合いしながら、誰も話題にもしなかった。
 もう少し早く気づけ、と流石に情けなく思う正志だった。

「じゃ、二人の交際スタート記念にケーキのプレゼントをしよう」
 戻ってきていたマスターが、そう言って雛祭り用の試作品だという雛形ケーキを贈ってくれる。
 昔、実夏のお雛様飾りの前で、一緒に撮った写真。
 そっと伸ばして繋いだ手がとっても優しい感触だったなと、雛餅を模したそれを見て二人想い出していた――。
【了】

著作:紫草

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