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♪カラ〜ン
耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ』
店主の低音も心地良く耳に届く。
『Penguin's Cafeへようこそ』
『ご注文は何に致しましょう』
いつもはイケメンマスターのお出迎えだが、今日はバイトさんだ。
秋は特別メニューのモンブランが出る。
この季節はいつも大賑わい。
少し前までは売り切れ終了ということも多かったが、ここ数年はアルバイトが入るようになりマスターはケーキ作りに専念している。
お蔭で遅い時間に訪れても、希少なモンブランが食べられるようになった。
「モンブランとロシアンティを」
かしこまりました、と去っていく後ろ姿を見送りながら、多分笑われてるだろうなと思った。
いい年したおっさんがロシアンティなんて、とか思ってるだろう。
『お待たせいたしました』
暫くしてバイトさんが戻って来た。
かれこれ十年通っている店だが、これで二度目のモンブランだ。
『山岸様ですね。お写真、拝見しました』
驚いた。カメラマンとして働いていても、名前を知られるほどではない。きっとマスターから聞いたのだろう。
「ありがとう」
『本日のロシアンティは少し甘みを抑えたジャムをご用意しました。モンブランを楽しんで下さいませ』
彼女は言いながらカウンターの中にいるマスターを見る。
「いただくよ。神部君によろしく伝えて。この混み具合じゃ声をかけられそうもないから」
承知しました、と彼女は去った。
今年のモンブランも、絶品だ。
【了】