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『半夏生』1

 河野遼平、高校一年の終わり。
 運動部以外の部活は休みに入っている時期だ。
 そこでカメラ部に召集がかかった。

 部活の担当教諭である矢木先生が、コンテストの応募用紙をみんなに配る。
 それは、この学校の恒例になっている新聞社主催のコンテストだった。入賞すると、秋には新聞社に展示される。
 このコンテストに申し込む気がある生徒は、春休み中に出品用作品を撮るようにと言われた。

 部室の開放時間も書かれていたし、コンテストの締め切りも書いてあった。
 三年生こそ卒業してしまうので不参加だが、それは毎年決まっているという。つまり全員のチャンスが二回ということだ。
 そこでみんなで1点ずつ持ち、良いと思う作品に点を入れる。そして一番得点の高いものを先生がコンテストに申し込む。
 コンテストの応募締め切りは、四月始業式の翌日だった。
 遼平はクラスメイトの、田路聖恵にモデルを頼んだ。
 田路は綺麗な、いかにもモデルという感じの女子だ。
 多くの部員がモデルを頼んだらしいが、彼女がYESと言ったのは遼平と、やはり同じクラスの池端眞子の二人だけだった。

 遼平は池端には何の相談もなく、修了式直後から田路の写真を撮り始める。
 二年の先輩が会議室を借りて、スタジオ風な場所を作ったと聞くと、矢木先生に頼んでそこも使わせてもらった。
 遼平は毎日、田路を撮った。
 三日目に田路が言った。眞子の方も約束してるから、向こうへ行きたいと。
 でも、こちらが終わるまでは駄目だと、田路の申し出を許さなかった。
 彼は、少し天狗になっていた。
 一番、カメラ歴が長いのは俺だと。
 一番、写真のことを分かっているのは俺だと。
 だからコンテスト用の写真を撮るのに、最優先されて当然だと。
 それに池端は何も言ってはこなかった。

 田路は綺麗な女子だ。
 そのスタイルも洗練されていて、可愛い感じよりも大人びた感じの写真の方が絶対にいいと遼平は思った。
 しかし元来の優しい性格が、邪魔をする。どんなに「シリアスな顔をして」と言っても穏やかな表情に見えてしまう。
 納得のいく写真が撮れたのは、春休みの最終日だった――。

 遼平は池端に電話をして謝罪した。
 悪い、と本当に思っていた。
 でも、どこかで自分は許されるとも思っていた。
 池端は、ただ一言。
「いいよ」
 とだけ言って、電話を切った。

 翌日。
 池端は視聴覚委員としての仕事があり、午前中は入学式のため空いていないらしい。
 彼奴が写真を撮れるのは、実質明日の入学式後の午後だけになった。
 その翌日の始業式にも、委員会としての仕事が入っている筈だ。
 写真は現像し、焼かなければならない。焼きの調整のため、焼き増しの枚数も多い。始業式の後、池端は焼く作業に専念することになるだろうと遼平は思った。

 ふと田路の言葉が蘇る。
「河野君て自己中だよね」
 その言葉は、結構グサリと胸に刺さった――。

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著作:紫草

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