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「月明かりの椛の下で」続編

『愛してる』2

 突然の休講に、時間がすっぽりと空いてしまった。
 秋の気持ちのいい昼下がり。
 友達は就職活動に忙しい。
 でも幸いなことに、私は高校から続けていたバイト先に就職が決まり、みんなよりも早く気分が軽くなった。

 私が電話をしなくなったら、本当に彼、柿崎渉からの連絡は途絶えた。
 分かっていたこととはいえ、暫くはどん底に喘いでいた。
 あれから三年、本当に電話をしなくなったら終わった恋を、果たして本当に恋と呼ぶんだろうか。それとも立派な片思いだったのか。
 今となっては、どちらでもない気がする。
 私は子供過ぎて、彼には女に見えてなかった。それだけのこと。
 割り切ってしまうには、私はやっぱりまだ子供で、もっと独占したくて束縛されたかった――。

 三時限が休講で四時限はない。このまま帰るには、まだ少し早い。
 こんな時、恋人のいないことを思い知る。
 例え会うことはできなくても、電話の一本かける相手すらいないのかと。
 でも仕方がないか。
 十代最后の恋に破れて、すっかり臆病者になった私は合コンすら行かない堅物人間にされてしまったから。
 本屋さん寄って、デパ地下行って、で帰ろ。
 言葉にすると気持ちが動く。
 あれから言葉遣いを教えてくれる人はいなくなってしまったけれど、できる限り忘れないように反芻した。

「実の梨」
 本屋で文庫の新刊コーナーから、ミステリーを取った時だった。
 誰かに呼ばれたような気がして、振り返った。
 きっと私は呼吸することを忘れたのだろう。暫くして思い切り咳き込んだから。
「大丈夫か!?」
 相変わらず綺麗な声音で話すこと。
「お久し振りです」
「ホントだね。お茶でもどう?」
「えっ」
 思わず耳を疑った。
「どうして、ですか」
「今なら時間あるから」
 まるで、この三年の年月などないかのように彼は言う。
「それとも実の梨が忙しいかな」
「いえ。休講になったので」
 自分の中でも変だと思いつつ、それでももう少し一緒にいたくて、彼の後を付いていった。

 本屋の隣の空きスペースにある喫茶コーナー、そこは先に注文し自分で運ぶお店だった。彼は、そのレジで何にする?と聞くように振り返る。
「自分で買いますから」
「いいよ。じゃ、レモンスカッシュな」
 そう言うとお金を払って運んでくれる。
 一番奥の小さなテーブルで、三年振りに向かい合っているというのに、彼はまるで昨日の続きのように話し始めた――。

著作:紫草

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