『禁断の…』1

 禁断の果実を食べたのは、誰だろう。
 それは私。
 決して許されることのない、過ちと呼ばれる果実。

 少しだけ、食べたかったの。
 ほんの少しだけで良かった…
 赤いと信じていた皮は、実は醜く不味くって、まるで私の心の中を表しているみたい――。

 両親が離婚をした時、私はまだ幼稚園にも通っていなかった。
 大好きなお兄ちゃんは、父が引き取った。
 次の日から、ずっといなくなるなんて分からなかった。
 一日経って、一週間経って、母に笑顔が戻って、私は殴られなくなった。
「もう、お兄ちゃん帰ってきてもいいよね」
 そう口にした途端、母が首に手をかけてきた――。

 あれから兄のことは聞いてない。
 小学校四年になった時、「ママの友達だ」とやってきた人が、今度は「パパになるんだ」と言われても、私には何も言えなかった。
 だって本当はどうしたいのか、聞いてくれなかったから。
 本当は何をしたいのか、それも分からなかったけど。
 ただ“お兄ちゃんに逢いたい”という言葉だけが、呪文のように心の底に沈んでいった。

 そのお兄ちゃんに遇ったのは、高校のバスの降車場。
 同い年の私たちは、すぐに互いが兄妹だと気付いた…筈。だって驚いた顔してたもん。
 なのにお兄ちゃんは、同じクラスの女の子と一緒に校舎へと歩いてゆく。
 私は、もう妹じゃない。
 その視線が彼女に向けられた時、そう思った…。
 心の底に、何か気持ちの悪い真っ黒い塊のようなものが落ちてゆく。

 私には、救われる道はない。
 仕事に忙しい母は、殆ど家に帰ってこない。
 パパになるんだと言われた人は、今は私の愛人だ。違う、私が愛人だ。
 妊娠すると不味いから、と避妊具を体に入れられて、私は日々腐ってゆく。
 お兄ちゃんに逢うことだけが支えだった。
 お兄ちゃんに逢えたら、抜け出せると思ってた。
 でも私にお兄ちゃんはいなかった。

 人は信じない。信じようとするから、裏切られる。
 人を信じなければ裏切られることもない。
 何度も同じことを繰り返して、またやっちゃった。
 だから、お兄ちゃんにも頼らない。頼ろうと思わなければ、淋しいなんて気持ちなくなるから。

著作:紫草

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