『禁断の…』2

「苺って子、いる?」
 二時限目の放課。その声は廊下から窓際に座る私にも、はっきりと聞こえた。
 クラスメイトが私を呼ぶ。何も気付かなかったような顔をして、私は彼のもとへと歩いていった。
「何か、用ですか」
「今日の放課後、つきあって欲しいんだけど」
 そこで残っていたクラスの女子がザワめいた。
 当然だろうな。学年一可愛い彼女だって、有名だもん。その人が私を誘ってる。
 友達がいない。目立たない。邪魔なだけの私。
「駄目」
 もう人は信じない。過去、兄だったかもしれない人でも頼らない。
「じゃ明日は?」
 今度は首を横に振る。
「なら、いつだったらいい?」
 その時、有名なあの彼女が私を突き飛ばした。
「凛に何の話?」
 尻餅をついて、彼が抱き起こそうとしてくれたけど私はその手を無視した。そのまま教室に戻ろうとした私の腕を彼が引く。
「今日待ってる。あの場所で」
 それだけ残して彼は去った。彼女が、何処のことだと食って掛かっているのが見える。
 席に着くと、お節介なクラスの女子が、人の男に手を出すなと言ってきた。

 あの場所。
 彼は、はっきりそう言った。
 あの場所って、あの場所…
 仲の悪かった両親が一度だけ連れて行ってくれた、あの場所。楽しくて楽しくて、迷子になりそうなくらい暗くなっても遊びまくった、あの場所。
 私が思いつくあの場所は、あそこしかない。
 でもね、あの場所はもうないんだよ。
 知らないの、お兄ちゃん…
 自然と涙が溢れてきた。
 私は鞄を手にすると、誰に咎められることもなく教室を出る。校門まで出てくると、そこに彼が立っていた。

「絶対、来ると思った」
 そう言った彼は、私の手を取った。
「どうして…」
「あの場所はマンションが建った。もうない。それより信じたくなかった。お前が不幸のままだったなんて」
 見開いた瞳は、きっと醜く見えたことだろう。
 でも私には、その言葉の意味の方が聞きたかった。
「不幸のままって、何のこと?」
「今、母さんは家にいる。聞いたんだ、継父とのこと」
 私は今度こそ、絶望という名の心の底に落ちてゆく。
「そう。あの人、そっちに戻ったの。仕事なんて嘘だったんだ。でも気にしないで。私は…私は大丈夫、だから」
 そう残し、駆け出した。
 もう頼らないって決めてたのに、でも、やっぱりこんなに切ない。

著作:紫草

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