『禁断の…』3

「待てったら」
 掴まれた腕を振り払う。
 すると今度は手を引かれ、私は何処かへ連れられてゆく。
「何処へ行くの?」
 何度聞いても、彼は答えてくれなかった。

「ちょっと、ここ。ホテルじゃん」
 暫く引っ張られたまま辿り着いた先は、裏通りのラブホテル街。まさか、と思いつつ入って行く彼の手を引っ張り返す。
 でも何も答えはないままに、受付替わりの掲示ボードで適当なボタンを押してしまう。ガチャンと音がして部屋の鍵が出てきた。
 マジ? 制服のままだよ。
 部屋に入ると、彼は鞄を放り出し中央にあるベッドに腰掛ける。
「母さんが最初に逃げてきたとやって来たのは、中三の時だった」
 彼は、そのまま一人で話し続ける。
 母は継父に暴力を受けていたと話したらしい。その上、私が継父を誘惑して関係を持ったと。父は母の我が儘を熟知しているからこそ、最初は放り出したって。
 でも回数が増えてくると、かつての夫婦は元の鞘に戻ってしまう。
 一年くらい前から半同棲みたいになって、今じゃ立派な主婦きどりだと。
「苺の話も、最初は気を引く為の嘘だと思った」
 私は下を向いた。
 あれを私が誘惑したと言うの。
 脅されて襲われたって言うんじゃないの。
 友達に医者がいるからと、無理矢理病院に連れて行った。何をされるのかも分からないまま、内診台に乗せられた。
 私の中が腐ってゆく。
 ずっと、そう感じてた。もう、どうなってもいい。
「どうして逃げ出さなかったんだ。俺のこと、そんなに頼りにならないと思ってた?」
 その言葉に私は顔を傾ける。
 どうして、そんなこと言うの。私に、どうやって捜せと言うの。
 どうして今更、こんなことするの…
 でも何一つ言葉にならなかった。
 私は醜い。もう誰の助けもいらない。
「もしかして、知らなかったの? 俺等が何処に住んでるか」
 驚いて顔を上げた。何も語らなくても、その表情は雄弁に語ったのだろう。
「何処にって、何処に住んでたの?」
「上の階。俺と父さんは三階に住んでた。知らない筈ない。確かに暫くは会うなって言われたけど、苺はいつだって俺らに会える筈だったのに。お前が隣町の学校へなんか行くから」
 嘘…
 どうして、そんな大事なことを忘れてしまっているんだろう。
 私には分からなかった。
「何か、あったのか」
 その時蘇った、首を絞められている時の母の形相と息苦しさ。私はあの時子供心にも、お兄ちゃんとお父さんが上の階に住んでいるということを抹消したんだろうか。
 叫びながら部屋中を動きまわる私を彼が抱きとめた。それでも暴れまわる私の耳もとに声が届く。
「もう大丈夫」
「嘘! もう元には戻らない。私の体は汚れてる。私の心は濁ってる。誰も私を必要となんかしない。パパに抱かれるだけの、ただの物体よ」
 暴れまわる気力もなくし、私は彼の胸の中にいた。
「そんなことない。これから、やり直せるよ」
 彼の言葉に、再び怒りが爆発した。
「私のこと抱けないくせに、カッコつけてんじゃないよ」
 そう言ったら涙が出てきた。
 違う。そんなこと、言いたいんじゃない。
 お兄ちゃんが大好きだった。
 お兄ちゃんに逢いたかった。
 誰に何をされてもいい。いつか、お兄ちゃんに笑って逢いたいと思ってた。

 でも、あの日…。
 十二歳の誕生日を迎えた夜、あいつが私の全てを奪った。

著作:紫草

*素材のお持ち帰りは禁止です。
inserted by FC2 system