『禁断の…』4

「抱けるよ、俺。苺がいいと言うなら、抱ける」
 顔をあげると、彼が穏やかな顔をしていた。
「無理よ。私たちは兄妹だもん。できるわけない」
「どうして。お前、父親とやってんだろ。だったら俺だっていいじゃん」
 信じられなかった。
 その言葉に何を隠しているのか、私には分からなかった。
 ただ、どうでもいいと思ってきた人生の中で、お兄ちゃんとのことだけが綺麗な思い出だった。だからかもしれない。その言葉に縋ってしまったのかもしれない。
「本気で抱く気もないくせに」
 私の言葉の終わりを聞く前に、彼は私を押し倒した。
「本気だと言ったら」
 いけないことだと頭のどこかで警鐘が鳴っていた。
 でも、もう止まらなかった。彼の首に腕を廻し、指を髪に絡ませた――。

 眠る彼を残しホテルを出た。
 もう思い残すことはない。
 死にたいと思ったことはないけれど、生きていたいと思うこともなくなった。
 お兄ちゃんの腕は優しかった。その思い出は、どんな倫理に反しても今の私を支えてる。
 山手線を十周したところで警察に通報され、継父が迎えにきた。
 今夜もまた抱かれるのかと思ったら、それまで感じたことのない嫌悪感が体を襲う。
「帰りたくない」
 警察の人の袖を引き、勇気を出して言ってみた。
 しかし、どうしてと言う言葉を継父の前で使う。どうしたんだと言われ、何でもないと立ち上がった。

 その時、携帯が鳴り出した。
 見慣れないその番号に、帰りたくない一心で出る。
――苺。今、何処だ。
「お兄ちゃん…」
 私は、その場に崩れ落ちた。

 目が覚めたら、私は病院のベッドで横になっていた。
(お父さんとお兄ちゃん…)
 もう彼奴の家に帰ることはないんだ、と父は言う。
 ちゃんとしておいたからと言われても、信じることはできなかった。だって今まで同じことの繰り返し。結局、私はあの男に抱かれる為に連れ戻される。
「携帯の番号、勝手に盗んでおいてよかった」
 お兄ちゃん…
「十八になったら結婚しよう。苺は汚れてなんかいない。誰よりも真っ白な心の持ち主だってこと、俺が一生かかっても証明してやるから」
 …何を言ってるの?
「苺の口癖だったのにな、お兄ちゃんのお嫁さんになるって。忘れたのか」
 父が笑ってる。どうして笑っていられるの?
「結婚できるんだよ、俺達。よく考えろよ。双子でもないのに同じ学年って、それ変だろ」
 言葉は出なかった。ただ涙が止まらなかった。
 私は腐ってない。
 私は汚れてない。
 私は、お兄ちゃんを好きでいていいの?
「でも、どうして同じ学年なの」
「俺、養子だから」
 驚くというよりは、喜ぶという気持ちの方が大きかった。
「プロポーズ、受けてくれるよね」
 一生分の幸運を全部使い果たしても、これが夢じゃないと思いたかった。
「お兄ちゃん、ほっぺ抓って」
「現実だよ」
 そう言いながら左の頬を優しく突く彼の顔にも、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
【了】(テーマ:色〜白〜)

著作:紫草


『魚の棲まぬ湖』著作:李緒
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