back
next

『誂え』2

 それは誕生日会という名目の、大茶会だった。
 先日、着付けられていた大振袖に身を包み、多くの来客に挨拶をして廻る美紗緒が見えた。
 真亜は美紗緒枠とでもいう招待券で、この茶会に入ることができるのだ。
 でも、おばあ様の視線は明らかに「帰れ」と言っているのが分かる。
 茶会用に菓子を運んだ時、父親から一緒に帰るように命令された。今までのことを思うと、おばあ様から何か言われたのだということは、すぐに推察できた。
「悪いけど、美紗緒と約束してる」
 それだけ言って、我が儘を通す形を作った。そうでもしないと契約を切られてしまうかもしれない。和菓子屋など腐るほどある。
 朝霞家との繋がりを持ちたい和菓子屋も同じ数だけあるというものだ。

 美紗緒が気付いて、走ってくる。
「真亜。来てくれてありがとう」
「凄い人の数だな」
 そう言うと、ね〜と美紗緒は大きな声を上げる。
「美紗緒。雛壇にお戻り」
 おばあ様自らが呼びに来た。
 美紗緒は、俺にだけぺろりと舌を出し、後でと残して舞台に戻った。
「悪いけど帰ってくれるか。この後、美紗緒のお見合いがある。はっきり言わしてな。真亜君、邪魔や」
 さすがに胸をえぐる言葉だった。
 ただ頭を下げて、美紗緒にも何も残さず会場を去った。

 高校一年で見合いやと。
 真亜は歩きながら、泣いた。そして馴染みの店に飛び込んだ。
「どうした」
「美紗緒が結婚するて。俺、邪魔やて」
 店主が驚いている。当然か。
「ばあさんにも困ったもんやな。もう時代が違う言うても、聞かんらしいな」
 ああ、とすぐに分かったように慰めの言葉をもらった。
「家は菓子のお得意様だからさ。絶対服従だよ」
 落ち着いたことで、話ができた。
「真亜。好きなら奪え。今時、跡取りなんてどうにでもなる」
 店主のその言葉は嬉しかった。
「そだね。頑張るよ」
 少し休ませてもらって、帰るからと店を出た。
 青空は憎らしいほど、綺麗だった。
「お見合い。もう終わったかなぁ」
 口にすると、改めて悲しみが込み上げてきた。

 頑張る…やて。絶対、無理や。
 家業を継がんって言っても、お得意様には変わらない。
 家出でもするか。
 でも、そうすると、もっと認めてはもらえんだろうな。
 間もなく、修行に入ることになっている。
 今は、辞めた方がいいような気がする。
 自慢だった和菓子屋が足枷になるなんて、考えてもみなかった。
 美紗緒の為に、と思って決めた下働きだった。なら、もう意味はない。本当に好きなとこへ、修行いこうかな。
 真亜は、その日、夜遅くになっても家に戻ることはなかった。

back  short-List next

著作:紫草

inserted by FC2 system