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『窓の向こう側』

「おい、今朝のあの女。ホントに知らない奴?」
「当たり前だろ。たまたま目の前にいただけだ。何度言わせるつもりだ」
 級友と学校からの帰り道である。
 山木和樹は、もうウンザリという表情を見せ、友人たちを睨みつけた。
「そのわりには女嫌いの和樹がさ、随分しっかりと抱擁を…痛!」
 和樹の右こぶしが、篠山圭介の頭上にヒットした。
「何すんだよ〜」
「ま、今のは圭介が悪いな。和樹の女嫌いをネタにするなんて、自殺行為さ」
 と、口を挟んだのは永篠規一。和樹とは幼稚園からのつきあいで、家も隣同士だった。

 とりとめのない話は高校生にとっては湯水のように溢れてくる。
 しかし、この日の様子がいつもと違うのは和樹の朝の行動故だった。
 以前、他校の女子高生にひどい目に遭わされた和樹は、女嫌いで通っている。
 その和樹が、いくら人身事故回避のための急停車の電車内とはいえ、全く他人の女子高生を抱きかかえて助けるなんてありえないことだった。そのため、友人二人は目を疑ったほどだ。
 その和樹が、大丈夫かと声をかけたところで知り合いだろうと考えたのだ。
「もうその話はするな。二度と会わない奴のことなんか関係ないだろ」
 和樹は、二人を残して足早に去った。

「なあ、ほんとお〜に他人か!?」
 圭介は和樹の後姿を見送りながら、まだ疑っていた。
「他人だとしても、結構タイプなんじゃあないの!?」
 規一の言葉は、結構当たっているかもしれないと圭介は頷き、二人は近所の喫茶店で“お茶”することにした――。

「ったく!あいつら、適当なことばっか…」
 和樹は一人で家路についた。
 だからこそ、いつもは通らないコスモス屋敷の前を通る気になった。
(今日は天気もいいから、きっとコスモスが綺麗に見える)
 毎年、この季節になると花壇がコスモスに埋まる家があった。
 優しそうな小母さんが手入れをしていて、目があうと挨拶をしてくれる。
「最近じゃ、毎日あいつらと一緒だったからな…」
 ふと、そんな呟きが漏れた。

 あった。
 今年も満開のコスモス畑。
 小さい頃に母を亡くした和樹には、この家には理想の家族が住んでいると信じている。
「あっ」
「あら、久しぶりね。お帰りなさい」
 小母さんが買い物へ出かけるらしく、財布だけを持って玄関から出てきたところだった。
「こんにちは。天気がよかったんで、コスモス見に通りました」
 和樹は珍しく、そう答えた。そして、そのまま一緒に肩を並べて歩き出す。
「何か、いいことがあったんですか?」
「どうして、そう思うの?」
「何だか、凄く嬉しそうだから」
 小母さんは、少しだけ声を出して笑った。
「そうなの。小学生の頃から、もう何年も口をきいてくれなかった娘がね…」
 そこで、また笑う。
「今日、言葉をね、話してくれたの」
 え… 何!?
「それって…」
 和樹は不審に思って聞いてみた。
「引きこもり…とか」
「違う違う、単なる反抗期。でも、ちょっとだけ長かったかな。もう七年になるから」
 理想の家族像は壊れた。
 でもショックより、この家族が身近に思えてホッとした。
「ね、名前聞いてもいい?」
 小母さんが振り向きざまに、そう言った。
「山木和樹です。平和の和に樹木の樹」
 小母さんが少しだけ、躊躇したように名前を呼ぶ。
「和樹…君か。娘も、これで反抗期が本当に終わって、今度は和樹君みたいな彼氏連れてきてくれるといいなぁ」
 小母さんは、スキップでもしそうな勢いで通りを歩いていった。

「娘さん、名前なんて言うんですか?」
「和希よ。笹原和希。平和の和に…」
 小母さんは、そこで思わせぶりに言葉を切った。
「希望の希よ」
 和樹の瞳が驚きを表した。
 かずきだって!?
 同じ名前かよ…

 結局、買い物を手伝って荷物持ちにと一緒に戻ってきた。
 ふと窓を見ると、向こう側に今朝助けた女の子の姿があった。
 彼女も和樹に気付くと、慌てて窓を開け放つ。
「和希…」
 和樹は思わず彼女の名を呼んだ――。
【了】

著作:紫草

※友人が、二次小説を作ってくれました。併せて、お楽しみ下さい。
もう1つの「窓の向こう側」著作:李緒

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