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『そして再びのコスモス』

 人は、いつのまにか年をとる。
 高校で知り合って、最初は自己中な女だと思ってたのに、いつのまにか結婚した。
 良い子になるから付き合って欲しい、と言われた筈なのに、子どもを産んだら強気の女に戻ってしまった。
 その彼女が、娘の反抗期に音を上げた。
「お前だって同じだったろ。お義母さんの苦労を知るには、いい機会だ」
 いつもふて腐れているから、唇がへの字に曲がってる。
 時々思う。
 貧乏くじ引いたかもって。
「パパ。どうしてママみたいな女と結婚したの?」
 そんな娘の問いに、明確な答えを出さないと機嫌が悪くなる。
 髪型を変えたのに気付かないと怒り出す。
 そして、俺より重いその体を背負えと言う。
 他人の持っているものは、とかく良く見えるものだ。それは分かっている。
 それぞれの家庭には、それぞれ見えない苦労があるものだ。
 それでも時折、友人たちとホームパーティなんかをしていると思い知らされる。

 紗和ちゃんは相変わらず動きっぱなしに動いている。
 子供がいない彼女は、俺らと会うといつも子守りをしてくれるから。
 規一のトコも今は同居してるから、お隣さんだ。奥さんという呼び名は、もう愛称化しているのかも。
 その奥さんも自分の家の台所と、こっちの台所を行ったり来たりしながら料理を作っている。規一のとこは、もう長女が高校生だ。最近じゃ滅多に来ないが、今日は珍しく手伝いに来ている。
 そんな中にあって、和希だけが椅子に座って動かない。
「俺、紗和ちゃん手伝ってくる」
「和樹、座ってろって。女の数足りてるから大丈夫だって」
 圭介はそう言ってくれるが、やっぱり気が引ける。
「いいよ。暇だしな」
 五年生になる娘を伴い、台所へと歩いて行く。
「ママったら恥かしいよね」
 そんな言葉が娘から出ると、思わず肯定してしまう。適当に笑って誤魔化すが、きっとバレてるだろうな、親の本心など。

「紗和ちゃん、手伝うよ。絢もいるから、何でも言って」
 規一のとこの三人娘のうち、下二人が紗和ちゃんにへばりついてる。
 彼女は笑って、大丈夫と言うが絶対に嘘だ。
「パパ、絢ね。おむすび作る」
「そうだな。じゃ、こっちでやろう」
「和樹君… 絢ちゃん、ありがとね」
 嬉しそうに絢も笑うと、あっという間に二十個のおむすびを作って庭に運んでいった。

「和樹君。本当に気にしないで、圭介と話してて。和樹君と話せないとつまらないと思うから。それに和希ちゃんのこと、わかってあげて。子供の悩みは私には聞いてあげられない。きっと和樹君にしか聞けないことだと思う」
「そういう気遣いのある女じゃないよ」
「違うわ!」
 すると、規一の奥さんが大きな声を上げる。
「私は、みんなの中では新参者。いつも心の中では淋しい思いを持っている。和樹さんたちの出逢いとか、規一君に聞いてます。彼女は絶対、それを忘れてない」
 そんな筈ない、とは言えない雰囲気だな。

「和樹君。気付いてないでしょ」
 紗和ちゃんが、そう言って窓際の棚を指差した。
 そこには庭に咲くコスモスが、コップに挿して飾ってあった。

「和希ちゃんの実家のコスモス、和樹君好きなんだってね。いつだったか、コスモスが溢れてるような庭が好きって言ったでしょ」
 そう言われてみれば、言ったかも。
「私の家からも、この窓見えるの知ってますよね。私たちが越してきてから、このコスモスがなかったことはないですよ」
 そう…だっけ。
「人の欠点を探している時は、良い所は見えませんよ。このコスモスの名前、知ってますか。ストロベリーチョコレートコスモスと言うんだそうです。咲き始めにチョコレートの匂いがしてコスモスだけじゃなく涼しくなり始めた頃に蝶が寄ってくれたら、和樹君は実家のコスモスより、和希ちゃんの作るコスモスを好きになってくれるかもしれないと毎年手入れをしています」
 嘘… ちょっと目から鱗かも。
「子供を育てるのは大変です。でも和樹君、何も手伝わないですよね」
「和希ちゃん、どうして肥ったか。知っていますか」
「それは、たくさん食べて動かないから…」
 ふたりの女は、哀れむような微笑みを浮かべた。

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著作:紫草

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