同期入社の渡邊氏とは、多分とってもウマが合う。
最初の研修会でも同じテーマを取って話を聞いたし、考え方や行動が同じ時がよくあった。
仕事内容では、どちらも事務職になるので一緒に仕事をするという環境ではなかったけれど、同じ部屋にいるためにお昼の時間が一緒になったり、上司に飲みに誘われることでは一緒になることも多かった。
そして何より、帰り道が同じ。
いや、少し違うか。
駅までの道が同じなの。
帰りに時間が同じになるように、いつも彼の仕事をちらりと覗き、同じタイミングで席を立つ。そして一緒に部屋を出て、エレベーターに乗り込み駅へと向かう。
この瞬間がたまらない。
ただ悲しいことに、この想いは私だけのもの…。
週のうちの五日間。
私はたぶん、彼の家族よりも一緒にいる、かもしれない。
ただ、彼の家族構成も恋人がいるのかも知らない。
ほぼ毎日一緒にお昼を食べて、お酒を飲みに行くことだって一度や二度じゃないのに“ふたり”という単位じゃない。
だってデートというものに誘われたことがないもの。
ふたりじゃなくて、あなたと私。
仕事上のことで配属されたその日に、携帯の番号とアドレスは交換済みだけど、一度としてプライベートでかかってきたことはない。同じ時を過ごし、同じ空間にいるのに、あまり話したことはないと思う。
脈なしって、こういうことを言うのよね…。
流石に春から夏、そして秋になる頃には諦めモードに入った。
冬に失恋は悲しいから。
でも…。
彼ほど、いい人に出逢えない。
早く忘れてしまいたいのに、こういう時に限って忙しい新入社員。残業までも一緒になって、駅までの帰り道がいつしか恒例になってしまう。
『終わりそう!?』
『帰ろうか』
確かに日が短くなり、残業を終えて外に出ると真っ暗だ。
最初は部長に頼まれたのよね。いつしかそれが恒例になった。
余りに悲しい現実に断わろうとも思うのだけれど、何せ駅までは同じ道なのだ…。
そして今夜ももうすぐ、お声がかかる。
「帰ろうか」
と…。
「私、もう少し残ります。今日中に終えたいので」
「何!?」
「明日の会議用の資料です」
そう言うと彼は、私の手元にあるプリントを覗きこんできた。
「それ、会議午後でしょ」
「今日中に終わらせてしまいたいので。渡邊さん、先に帰って下さい」
そう言うと、彼は明らかに困った顔をしていた。
この後、何か予定があるのだろうか。
「手伝うよ。打ち込むだけ?」
驚いた。いくら上司に頼まれたからと言っても、命令ではない筈だ。
「結構です。帰って下さい」
すると彼は、珍しく私の顔をじっと見る。
「二人でやった方が早い。ね」
私は仕方がないと、覚悟を決めた。
「分かりました」
そして、これだねと半分以上の用紙を持っていってしまう。
「はい。あと、計算ミスがないかの最終チェックを」
「了解」
一緒に帰るのが苦痛なんです、とは、やはり口が裂けても言えそうになかった…。
「渡邊さん」
彼は打ち込む手を止めることなく、何?と聞く。
「このあと、ご飯奢ります」
「ラッキー」
と、ウィンク付きで返事がきた。
それは駅までの途中にある、ラーメン屋さんに寄るだけの食事。
もう、これで何度目になるだろう。
冬の一人は淋しいけれど、恋人でもない好きな人と一緒にいなきゃならない苦しさと、どっちがマシなんだろう…と、ふと思った。
でも誰もいないよりは、片思いでも好きな人が近くにいてくれて、その上仕事まで手伝ってくれるんだから、これ以上文句言ったら罰が当たりそう…。
結局、予定よりもうんと早く残業は終わり、やっぱりいつものラーメン屋さんへ入っていく彼の後ろに付いてゆくだけだった。
いつものチャーシュー麺と野菜炒めを食べて喜ぶ彼を見ていると、誘ってよかったと思う。
奢る、と言っておきながら結局割り缶になってしまうのも、いつものこと。ただ外にでると、彼が喚声をあげた。
何!?
「雪だ…」
その声に空を見上げると、粉雪が舞っている。
「綺麗なもんだな…」
「明日の朝まで残ると、電車が大変ですね」
「あゝ。都会は積雪に弱いからな」
そう言って笑った彼の横顔が、一番綺麗に見えた夜だった――。