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『空と香り』1

 彼女を部屋に呼んだ。
 出逢って、まだ一ヶ月。
 もしかしたら断わられるかもしれないとも思って誘う。誘った時は、出逢ってまだ二週間と経っていなかった。
「俺、一人暮らしだから。嫌なら外でもいいよ」
 でも彼女はOKだと言った――。

 最寄り駅から程近いワンルームマンション。駅のホームで待ち合わせた。
 電車から降りてきた彼女を見つけると、その手には小振りの花束がある。そして、それを差し出され受け取った。
「何をお土産にしようかと思ったんですが、気の利いたものが浮かばなくて」
 そう言いながら、はにかむように微笑む。
「行こっか」
 返事をすることもなく、頷くでもなく、それでも黙って付いてきた。

 途中、目に留まったケーキ屋に入る。
 彼女は、シンプルなレアチーズのケーキを選んだ。

「適当に座ってよ」
 そう言うと彼女は、床にペタリと座り込む。
 何だか、可愛い。

 自分と彼女の関係って、何だろう。
 ふと、そんなことを思っている自分がいた。
 会社が同じ。五年下で配属は違ったけれど、同期の奴が手配した合コンに紛れてきた。
 自分からは殆んど何も話すことはなくて、でもみんなの話をよく聞いていると思った。邪魔になるわけでなく、ふっといなくなったかと思うと、また戻っている。
 そんな感じだった。
 続けてあった合コンには来ていなかった。
「なあ、里中さんって今日来てないの?」
 そんな科白を吐く自分が珍しかったのだろう。同期の田辺がにやりと笑う。
「彼女。抜けた新入社員のピンチヒッターだったんだよ。普段は誘っても来ない。今日は会ってないから誘ってないけど。でも珍しいな、お前が女の子の名前憶えてるなんて」
 そう言いながら、どういう風の吹き回しだと脇腹を突かれる。
 それもそうか。
 客寄せパンダならぬ、女の子寄せだと自覚してる合コンで、女の子を本気で口説くつもりはない。だからこれまで携番の交換しても一度としてかけたことはない。当然、名前もそれどころか顔も殆んど覚えていなかった。
「気になるなら誘ってみたら。今日は人数合わせとか必要じゃないから、一人くらい増えてもいいし」
 そう言って、連絡先を知らないという俺に彼女の携番とアドレスを送ってくれた。

 悩んで、結局合コンに誘うのは止めた。
 いつも来ないのなら誘っても来ないだろう。前回は困る人がいたから来た、ということかもしれない。
 教えてもらった番号にかける。
 向こうで携帯の繋がる気配はしたが、反応はない。
 知らない番号だから、かな。
 そう思って名乗ってみる。
「紺野です。紺野忠明、先週の合コンで会ってるんだけど」
 そこまで話すと、はいという声が聞こえてきた。
 久し振りに聞く声音。やっぱり、いいな。
「よかった。憶えててくれたみたいで。今少し話せる?」
――いいですよ。
「今度、うち遊びに来ない?」

 今思うと、何という誘い方をしたんだ。
 随分、長い間声が聞こえなかったから、外でもいいと付け足した。するとOKだと受話器の向こうから返事があった。
「そ。じゃ何処にするか考えてみて。後でメールするからこの番号とアドレス、登録しておいて」
 それだけ言って切ろうとすると、再び声を聞く。
――いいですよ。紺野さんのお宅に行きます。日時と最寄り駅を教えて下さい。
 不思議な感覚だった。
 自分で誘ったのに、今までも女の子を誘ったことあるのに。
 でも、そのどのパターンとも違っていて、携帯で話しているのに彼女が隣にいるような感じがした。
「分かった。後でメールする」
 その不思議な感覚に囚われそうになって、慌てて携帯を切った。

「彼女、来るって!?」
 直後の田辺の言葉に、彼女にはかけてないと嘘をついた。

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著作:紫草

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