「時に落ちる」番外編

『涙』その弐

―あなたは、自分の目の前で人が消えるのを見たことがありますか?―

 私は以前、一生付き合う心算の友人を目の前で失くした。
 そう。文字通り失った。

 あの時、私は高校の友達数名と固まって歩いていただけだった。
 彼女、神木花穂は私の隣にいた。
 突然、歩みが止まったと思ったら、見る見る姿が薄れていく。
 まるで、SF映画のCGで消されるように。
 私は彼女の体を掴もうと、手を伸ばした。
 けれど、全然掴めない。

 花穂は苦しそうに、座り込んでいた。
 心臓が悪いなんて聞いたことはなかったけれど、薄れて見える花穂は、胸を掴んでいた。
 他の友達も花穂の異変に気付いた。
 みんなで、彼女の名前を呼んだけれど届いていないようだった。

 暫くして、花穂が顔を上げる。
 私たちは目の前にいるのに、花穂には見えていないようだった。
 目の前にいるのに、お互いに見えていなかった。
 私は掴めない花穂を、それでも捉まえたくて手を差し出した。

 花穂が、それに反応した。
「こっちにおいで」
 私の声が聞こえている。
 花穂が、ゆっくりではあったけれど腕を伸ばしてきた。
 みんなで捉まえようと手を出した。
「さぁ、早く」
 5aの距離にいる花穂が、物凄く遠くに感じた。いや実際、遠かった。
 でも彼女の手が触れそうになるまで、近づいた。
「もう少し。早く早く」
 みんなで掛け声のように、早く早くと連呼する。
 その時、急に花穂が手を引っ込めた。
「あっ!駄目だ」
 その刹那、彼女はゆっくりと消えていった。

 何もできなかったという、もどかしさ。
 大切な友人を、失ったという喪失感。
 あれから私は彼女のお宅へ行き、花穂のおばあちゃまに話をした。

 こんな話、信じてもらえる筈がないと、諦めていた。
 でも本当のことを話したかった。
 おばあちゃまは私の話を、そして私の涙を信じてくれた。

「あの子は、神様に気に入られていたから。きっと、あの子にとって幸せな処へ呼んでもらったのかもしれん」
「警察に届けましょう」
 と云う私に、
「詳しい話を聞かれると、千夏ちゃんが困るからね。いいよ」
 と。
 帰宅した私は、両親に花穂のことを話した。
 警察以前に、自分の両親の説得すら出来なかった。
 おばあちゃまの云ったことは正しかった。頭が変になったと思われると、まさか自分の親に云われるとは思わなかった。

 おばあちゃまが仏壇に、名のないお位牌を置いたのは、それからすぐのことだった。私は、花穂の代わりに手伝いにゆく。
 何も出来なかったから、せめて花穂の代わりに手伝うの。
 おばあちゃまの許を訪れるようになって初めて、花穂がどんなに大変な暮らしをしていたのかを知った。

 花穂、ごめんね。
 でも、おじいちゃまとおばあちゃまのことは任せて。
 これが私の罪滅ぼし。
 何処かで生きてるよ、と云うおばあちゃまの言葉を信じて、今日もお位牌に話しかける。
 私たち、もう二十三歳になったんだよね。
【了】

著作:紫草

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