月にひとつの物語
『文月』(李緒版)

Side A
 遠距離恋愛は成就しない。
 周りの皆が、そう言う。私もそう思う。
 実際、そんな友人を何人も見てる。
 テレビ番組では、結婚年齢が遅くなっていると言うけれど、会社で転勤になってしまえば、遠距離恋愛になって、破局してしまう。
 男性の転勤に付き合うためには、女は仕事を辞めなければならない。やっと入った会社を辞めるなんて、そうそうできはしない。それは男性と一緒。
 ご多分に漏れず、私の彼も、入社して5年、地方へ転勤となってしまった。

 不安だった。
 転任地で、素敵な人に出会ったら?
 仕事で辛いとき、慰めてくれる人が近くにいたら?

 携帯もあるし、メールもすればいいし、飛行機に乗ってしまえば2時間で会える。
 でも、私だって、新人の面倒を見るよう任されてしまったから、毎日の仕事をこなすので精一杯。休日には、身体を休めたいし、もっともっと勉強もしなければならない。
 それなら一体、どうすればいいんだろう。

 私にできるのは、たった一つだけだった。
 次に会った時、こんな女だったっけと、がっかりさせないようにしようということ。
 今現在、近くにいる女性よりも、やっぱり私の方がいいと思ってもらえるようにしよう、とそう考えた。
 内面も外見も、自分磨きを怠らず、彼の気持ちを引き留めるために、こまめに連絡を取って、長めの連休があると自分から会いにいった。
 それなのに、どうして彼はこんなによそよそしくなってしまったんだろう。
 女の影は見あたらない、と、思う。
 多分。
 大学の頃の一人暮らしの部屋と同じ、だと思う。
 きっと。
 でも、会わない時間の長さの分だけ、2人の間に距離ができてしまったような、そんな気がする。

 やっぱり、遠距離恋愛は成就しないんだろうか。
 1年に一度しか会えなかった織姫は、ただただ牽牛を信じて待ち続けることができたんだろうか。
 2人が夫婦だったから、可能だったんだろうか。
 そして、牽牛はどうだったんだろう? 
 ただただ仕事をして、会えない織姫を想い続けることができたんだろうか。
 彼は赴任先で、一度も、他の女性にくらりときたことはなかったんだろうか。
 私たちは、この生活を続けていけるんだろうか…。


Side B
 遠距離恋愛は成就しない。
 巷ではそう言われている。
 でもそれは、相手を信じていないからじゃないんだろうか。
 互いを想う気持ちがあれば、少しくらい会えなくても、恋愛は成立する。
 と、俺はそう思っている。
 その点、俺の彼女は、自分だって大変だろうに、こまめに連絡をくれるし、会いにも来てくれる。
 俺は仕事が忙しくて、会いに行くことはできないけれど、メールの返事だってちゃんとしているし、電話だってたまにはする。

 そういう生活になって、1年が経った頃だろうか。
 俺は、ふと気付いた。
 空港のゲートを抜けてくる、彼女の輝くような笑顔。
 うぬぼれているようだけれど、最初のうちは、俺に会えた喜びの笑顔だと思っていた。 そんな彼女が愛しいと、そう思っていた。
 でも、本当にそうなんだろうか。
 女は遠距離恋愛ができないという。
 遠くにいる恋人よりも、近くにいる男の友人に、ふらりときてしまうことがあるという。
 そういえば、彼女は俺と会わないうちに、随分と綺麗になった。

 何がおまえをそんなに綺麗にしたんだ。
 俺は側にいないのに。

 そう思い始めると、どんどん考えがエスカレートしていく。
 彼女の周りにいる男たちの顔が浮かんでは消えてゆく。
 誰かが言っていたっけ。
 女の嫉妬よりも、男の嫉妬の方が執念深い、と。
 俺もそうなんだろうか。
 彼女のことが信じられないわけではない。
 俺に会いにくるためにお洒落してきているのもわかっている。
 それでも不安だから、彼女に会うと、自宅に直行してそのまま抱いてしまう。
 彼女がまだ、俺のものだと確認するために。

 1年に一度しか会えなかった牽牛は、織姫を見て、いつも何を思っていたのだろう。
 会えなかった1年の間、牽牛は何を考えていたんだろう。

 やっぱり、遠距離恋愛は成就しないんだろうか。
 俺たちも、やっぱり駄目になってしまうんだろうか。
 そんなことはない。
 俺が揺らいでどうする。
 男の俺が…。
【完】

著作:李緒

月にひとつの物語-contents 「文月」(紫草版)
inserted by FC2 system